研究領域 | 行動適応を担う脳神経回路の機能シフト機構 |
研究課題/領域番号 |
17H05586
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研究機関 | 関西医科大学 |
研究代表者 |
小早川 令子 関西医科大学, 医学部, 教授 (40372411)
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研究期間 (年度) |
2017-06-30 – 2019-03-31
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キーワード | 情動 |
研究実績の概要 |
摂食行動は血糖値の検出による空腹感の認識という内面情報と、個体に近接して存在する食べ物を感覚刺激や記憶に基づいて認識する外面情報の統合により生成される食欲情動により駆動される。恐怖は食欲と同様に行動に大きな影響を与える強力な情動である。恐怖情動は先天的と後天的なメカニズムにより制御される。私たちは、両者の恐怖情報が扁桃体中心核のセロトニン2A受容体発現細胞によって拮抗的に統合され、その結果、先天的恐怖行動が後天的な行動に優先されるという階層制御を受けることを解明した。本研究では、食欲と恐怖という生存に不可欠の2つの情報を統合して行動を制御するメカニズムの解明を目指した研究を実施した。 食欲と恐怖の2つの感覚情報が同時に与えられた際の行動への影響を解析した。先天的な恐怖刺激としてチアゾリン類恐怖臭(Thiazoline-related fear odors: tFOs)を用いた。tFOsと食べ慣れた餌を同時に与えたところ摂食行動がほぼ完全に抑制され、この抑制効果は少なくとも48時間以上の長時間に渡って継続し、この間には体重が2割以上減少した。従って、先天的な恐怖情動は食欲情動に優先されることが示唆される。私たちは、先天的な恐怖刺激が扁桃体中心核のセロトニン2A受容体発現細胞の神経活動を抑制することを解明したが、この神経細胞の活動抑制は摂食行動を抑制することが報告されている。従って、扁桃体中心核のセロトニン2A受容体発現細胞の神経活動は、先天的と後天的な恐怖情報の優先順位の制御に加え、食欲と恐怖情報の優先順位を決定していることが示唆される。さらに、本研究では先天的な恐怖刺激が全身のメタボロームを介して食欲情動を構成する内部状態を変動させることが明らかになった。これらの結果から、先天的な恐怖刺激が食欲を構成する行動と内面状態の双方を介して摂食行動を制御するメカニズムが明らかになった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
私たちが開発したチアゾリン類恐怖臭を活用することで先天的な恐怖情動を様々な条件で誘発することが可能になった。この独自の技術を用いて恐怖と食欲の2つの行動に大きな影響を与える情動情報を統合処理して行動を制御するメカニズムの解明が進んだ。この情報の統合処理過程において扁桃体中心核のセロトニン2A受容体陽性細胞の果たす役割が明らかになった。
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今後の研究の推進方策 |
摂食障害は過食と拒食という逆方向の行動出現により正常な摂食行動ができない状態となる疾患であり、難治性の精神疾患である。その発症は社会的、心理的な要因、脳機能の異常などの複数のメカニズムの複合によると考えられているが、未解明な点が多い。脳機能の側面ではストレスやセロトニンの関与が想定されている。本研究などにより先天的な恐怖情動と摂食行動が扁桃体中心核のセロトニン2A受容体陽性細胞の活性によって結びつくことが示された。本研究で実施した予備実験データーからはこの細胞の機能は単に摂食行動の増減を調節するに留まらず、食欲に関与する多様な機能に関与することが示唆されている。今後も、扁桃体中心核のセロトニン2A受容体陽性細胞に着目した研究を進めることで、恐怖と食欲情動の関係を解き明かすことができるし、その結果解明された原理に基づいた摂食障害の新たな治療法が開発できる可能性がある。
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