研究領域 | ソフトクリスタル:高秩序で柔軟な応答系の学理と光機能 |
研究課題/領域番号 |
18H04504
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研究機関 | 東京工業大学 |
研究代表者 |
植草 秀裕 東京工業大学, 理学院, 准教授 (60242260)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | ベイポクロミズム / 脱水和 / 結晶構造解析 / 粉末未知結晶構造解析 / キノロン系抗菌剤 |
研究実績の概要 |
結晶への蒸気暴露に反応し、可逆的に結晶が相転移し、色調変化を示すベイポクロミズム有機結晶は、「ソフトクリスタル」の典型例であり、また類例がないガスセンサー物質としても重要である。本研究は結晶構造科学に基づきベイポクロミズムの原理を明らかにすることで、蒸気暴露により結晶構造が変化するベイポクロミズム有機結晶を創製することを目的としており、三次元の詳細な分子構造・結晶構造変化を明らかにし、それに基づく研究展開が重要である。有機物結晶によるベイポクロミズム結晶のメカニズムや設計原理を明らかにできれば、多様な有害蒸気を検出するガスセンサーとしての応用も期待される。 第1年目は、有機溶媒蒸気適用により結晶水が脱離するユニークな現象と、それに誘起される分子内プロトン移動(互変異性)によりクロミズムを発現する結晶系の探索を行った。これまでの知見から分子内にカルボキシ基(プロトン供与基)とアミノ基(受容基)を持つ分子のスクリーニングを行い、キノロン系抗菌剤である、ピペミド酸、エノキサシン、エンロフロキサシン水和物結晶をターゲットとして選定した。これらについて、蒸気適用によるベイポクロミズム観察、UV/Visによる色変化観察、結晶構造解析を行った。結果として、ピペミド酸三水和物結晶はアルコール蒸気により黄色から無色に変化し、水蒸気適用によりもとに戻るというベイポクロミズムを示したが、これは結晶水の脱離・吸収によることが熱測定から明らかとなった。さらに粉末未知結晶構造解析を行い、脱水和による分子配列変化と水素結合の組み換えにより、双性イオン構造が中性分子に変化するという互変異性を示しており、このことがベイポクロミズムの色変化の原因であると結論した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
平成30年度の計画は、第1に結晶水を持つ結晶であり、分子内プロトン移動(互変異性)によりクロミズムを発現する化合物系・および結晶系を探索することであった。これに対し化合物スクリーニングを行い、キノロン系抗菌剤という有望な化合物系を見出した。この中でも特にピペミド酸、エノキサシンを対象として研究を進めた。事前に設定したベイポクロミズムのメカニズムは、(1)蒸気による脱水和・水和、(2)結晶構造変化による分子構造変化と色変化、という二段階のものであった。ピペミド酸・エノキサシン水和物結晶は(1)の目標に対し、いずれもアルコールおよびアセトニトリル蒸気により、結晶中から結晶水が脱離し無水和物結晶となり、逆に空気中の湿度(水蒸気)により水和物結晶に戻る、という興味深い性質を示すことが熱分析やXRD測定から明らかとなった。(2)の目標に対しては、ピペミド酸水和物結晶は脱水和・水和により黄色/無色(白色)の色変化を示すベイポクロミズム結晶であることがUV/VisとXRD測定明らかとなった。一方、類似した分子構造結晶構造を持つエノキサシン水和物結晶は脱水和・水和に関係なく無色(白色)結晶であり、ピペミド酸との比較からクロミズムメカニズムの導出が可能であると考えられた。 これらの脱水和により単結晶状態が崩壊し粉末結晶となるため、近年発展した粉末未知結晶構造解析を行った。実際には放射光PXRD測定による精度の高いXRDデータから三次元の結晶構造を導出し、FT-IR, SS-NMR測定データを併せて検討することで、ピペミド酸は脱水和により分子が互変異性を起こし中性イオンとなるが、エノキサシンはそのような分子構造変化(電子状態変化)を起こさないことを明らかにした。以上より、対象分子のスクリーニングという当初の目的に加え、ベイポクロミズム原理の導出まで行う事ができたため、十分な進展があった。
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今後の研究の推進方策 |
第2年目は、第1年目で得られた、脱水和と分子構造変化の組み合わせによるベイポクロミズムという原理から展開し、さらに新しいベイポクロミズム原理を持つ系の開発を行い、原理の確立を目指す計画である。新しいベイポクロミズム原理としては、脱水和ではなく、逆に分子を結晶内に取り込むことでクロミズム反応を引き起こすことが可能であると考えている。蒸気による結晶の脱水和/水和を示す系は非常に限られており、より汎用性のあり強い分子間相互作用を利用した分子取り込みを検討している。 これまで検討を行ったキノロン系抗菌剤群は分子にカルボキシ基を持つため、塩基性分子との酸・塩基反応が期待できる。蒸気(ガス)となる塩基性分子としては、アンモニアやモルホリンなどが知られており、これらの分子が結晶中に取り込まれ酸・塩基反応による塩形成を起こすことができれば、分子構造、電子状態変化から色変化を起こすことが期待できる。一方、結晶の加熱により塩結晶から塩基性分子が脱離し、もとに戻ると想定される。また、引き続き脱水和/水和による結晶構造変化から結晶の色、あるいは結晶の特性が変化する系を広く探索する計画である。 探索から見出された化合物については、固相でのクロミズム反応性と、X線解析による結晶構造を調べる。具体的には水和物・溶媒和物・塩結晶の存在は粉末X線測定(XRD)や熱測定(TG/DTA)、分光測定で調べ、得られた結晶には水蒸気ならびに有機蒸気を適用し、結晶相が相互に転移するかどうかをXRDで確認する。単結晶にならない粉末系、転移に伴い粉末化する結晶の場合は、粉末X線回折データから極限構造解析である粉末未知結晶解析を行う。 また、研究の最終年度に当たるため、これまでの結果をまとめて、理論計算を交えた考察を行うことで、ベイポクロミズム原理に迫る計画である。
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