結晶への蒸気暴露に反応し、可逆的に結晶が相転移し、色調変化を示すベイポクロミズム有機結晶は、「ソフトクリスタル」の典型例であり、また類例がないガスセンサー物質としても重要である。本研究は結晶構造科学に基づきベイポクロミズムの原理を明らかにすることで、蒸気暴露により結晶構造が変化するベイポクロミズム有機結晶を創製することを目的としており、三次元の詳細な分子構造・結晶構造変化を明らかにし、それに基づく研究展開が重要である。有機物結晶によるベイポクロミズム結晶のメカニズムや設計原理を明らかにできれば、多様な有害蒸気を検出するガスセンサーとしての応用も期待される。 第2年目は、有機溶媒蒸気適用により結晶内に塩基性分子が取り込まれるユニークな現象と、それに誘起される分子内プロトン移動(互変異性)によりクロミズムを発現する結晶系の探索を行った。これまでの知見から分子内にカルボキシ基(プロトン供与基)とアミノ基(受容基)を持つ分子のスクリーニングを行い、キノロン系抗菌剤である、ピペミド酸、エノキサシン、エンロフロキサシン結晶をターゲットとして選定した。これらについて、蒸気適用によるベイポクロミズム観察、UV/Visによる色変化観察、結晶構造解析を行った。結果として、エンロフロキサシン結晶はアンモニア蒸気、モルホリン蒸気により黄色から無色に変化し、水蒸気適用によりもとに戻るというベイポクロミズムを示したが、これは無水和物結晶中に、ガス分子であるアンモニア、モルホリンが吸収され、結晶状態で酸・塩基反応が起きたことが結晶構造解析から明らかとなった。ガス吸収と酸・塩基反応によりエンロフロキサシンのカルボン酸が脱プロトンしカルボキシレートとなることで電子状態が変化しベイポクロミズムの色変化の原因であると結論した。
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