1秒以上の長い寿命を有する室温りん光(蓄光)は2015年からいくつかの芳香族結晶からも報告されてきているが、分子結晶から室温蓄光を得るためには結晶内の強い分子間相互作用を用いることによる剛直性の追求が一般的であった。最近申請者は、芳香族部位に敢えてより柔軟なシクロ環であるH8部位を導入したH8-binaphytyl骨格のキラル芳香族分子の結晶を用いると効率よい室温蓄光が得られることを見出した。キラル分子結晶からの蓄光特性の発現は初めての現象であり、円偏光蓄光特性などの新規機能発現が期待される。さらに、柔軟なシクロ環であるH8部位の導入により、このような結晶群では蓄光特性が低刺激の力学応答や低温で変化する可能性がある。本研究では、ソフトな非共役部位を有する新規キラル芳香族分子の結晶群を用いて、円偏光蓄光機能の構築と、外部刺激による円偏光蓄光の動的制御を目的とする。 三重項励起子拡散が大きいことが数多くの重原子フリーの分子結晶から長い寿命の室温りん光が生じない理由であることを高解像顕微鏡と計算科学を協働させることで明確にした。さらに高効率室温りん光を示す重原子フリードーパントを、同等の最低励起三重項(T1)エネルギーを示すフルオレン結晶とH8-BINAP結晶にそれぞれドープしたところ、フルオレン結晶中では室温りん光を示さなかったが、H8-BINAP結晶中ではドーパント由来の強い長寿命の室温りん光が観測された。この原因がフルオレン結晶が三重項励起子拡散能が大きい一方で、H8-BINAP結晶中では三重項励起子拡散が生じにくいことに由来することを計算科学的アプローチにより確認した。 計算科学により三重項励起子拡散能が可逆的に変化する結晶を探索し、異なる蒸気下で結晶構造が変化することで三重項状態の電子構造と励起子拡散能が変化し、微弱に長寿命の室温りん光応答が可逆的に変化する結晶を見出した。
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