暗黒物質の探索は現代物理学の重要な課題の一つである。暗黒物質の有力な候補としては、超対称性粒子(SUSY)などのWIMP(weakly interacting massive particles)、そしてアクシオンなどが挙げられてきた。しかしTeV程度の質量をもつSUSYの存在はCERNにおける高エネルギー陽子陽子衝突実験により否定されつつ あり、大規模地下実験が精力的に行われているWIMPに関しても、兆候は見られていない。アクシオン探索も世界中で行われているが、理論が予測するパラメータ領域まで感度のある実験が現時点では少なく、探索されたパラメータ領域も狭い。逆説的に、暗黒物質の候補として依然有力である。このような背景のもと、アクシオン探索の新たな手法として原子・分子エネルギー準位間のコヒーレントな遷移を用いる実験が提案されている。本課題は固体中の原子・分子の準位を標的として行うアクシオン探索の原理検証を行うものである。 本課題では当初、固体水素中の分子を標的とすることを計画していたが、その後の理論的な検討により、誘電体中のランタノイドイオンが標的として浮上した。そこで初年度にはエルビウムイオン(Er)がドープされたイットリウムオルソケイ酸(Y2SiO5)結晶を標的とした基礎的な分光実験を行った。この系は位相緩和が固体であるにもかかわらず非常に長い(ミリ秒)ことで知られているもので、本研究における標的の有力な候補の一つである。本年度は初年度の研究の延長として結晶中のエルビウムイオンのコヒーレント現象の観測により、固相コヒーレント現象の理解の深化を目指した。極低温に冷却したオルトケイ酸イットリウム結晶中のエルビウムイオンからの近赤外超放射観測に成功した。さらにその結晶温度や励起強度依存性から結晶中のコヒーレント現象に関する理解の深化を得た。
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