研究実績の概要 |
本計画では、様々なπ共役系分子で、柔軟性結晶の創製を実践してきた。ここでは発光性の結晶を提供するアントラセンに注目した。無置換アントラセンはface-to-edgeで配列しているのに対し、アントラセンの置換基付与は結晶構造を制御し、いくつかの柔軟性分子結晶を与えた。ジブロモアントラセンの結晶化を行ったところ、9,10-位置換体と1,5-位置換体の針状結晶が弾性変形を示すことがわかった。一方、1,8-位置換体からも針状結晶が得られたが、機械的な変形は示さなかった。また、2,6-位置換体はプレート状の結晶を与え、機械的な変形は示さなかった。ジクロロアントラセンの結晶についても同様に検討を行ったところ、9,10-位置換体は弾性変形、1,5-位置換体は塑性変形を示すことがわかった。 弾性分子結晶の曲げ変形は外側と内側でそれぞれ伸長と収縮が起こり、変形すると結晶構造が変化すると推定された。湾曲形状では、伸びと縮みが同時に起こる複雑な変化であるため、結晶の外側と内側を別々に測定する空間分解分光法で、スペクトルの変化につながる位置を特定することができる。結晶の湾曲変形による蛍光スペクトル変化を空間分解μ-PL測定から観測した。結晶表面の内側と中央の測定から得られたスペクトルには、変化が見られなかった。この結果は、内面で発生する収縮はセルユニットに反映されるが、波長の明確な変化を引き起こすパッキングの変化は観察されないことを示唆する。一方、伸びが発生した外側の結晶表面の測定から得られたスペクトルでは、わずかな短波長シフトが観察された。セルユニットの長軸は形状の変化に伴って伸び、パッキングの変化によりスペクトルの特徴が変化したと考えられる。すなわち、湾曲によって引き起こされた収縮の結果としてのパッキングの変化が、結晶の発光スペクトルを変化させることを見出した。
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