本課題では、生体内硫黄転移反応に関与する2つの相同酵素であるMPSTとTSTのマウスにおける生理的役割の解明を目指した。そのため、以前に作成報告したMPST欠損マウスに加えて、新規にTST欠損マウス、そしてMPST/TSTダブル欠損マウスを作成した。MPST欠損マウスとTST欠損マウスについては他の研究グループによる作成報告が既にあるが、我々はCRISPR/Cas9法を用いてゲノム上近接して存在する2酵素遺伝子の欠損領域を限局し、互いのタンパク質発現には影響しないマウスを取得することに成功し、またダブル欠損マウスを新規作成した。いずれのマウスもMPST、TST、あるいはその両方を調査した全ての臓器で完全に欠損していたが、見かけ上の異常なく誕生・成長し、雄雌いずれも多産で2年以上生存可能であった。しかし、経口投与のシアン化ナトリウム(NaCN)あるいは青酸配糖体アミグダリンに対する感受性が、TST欠損により大幅に、一方MPST欠損によりわずかに減弱していた。TSTは呼吸鎖を止めるシアン化物(CN-)イオンにチオ硫酸から硫黄原子を付加しチオシアン酸(SCN-)イオンに弱毒化する酵素(ロダネーゼ)として古くから知られていたが、個体レベルでその重要性を初めて証明した。一部のマウスは死に至ったが、解剖して組織切片を観察しても何ら異常は見られず、死因はシアン毒性によりミトコンドリア呼吸鎖が停まりエネルギー獲得を解糖系のみに依存した結果起こった乳酸アシドーシスによると考えられた。また、定常状態においてもTST欠損及びダブル欠損マウスでは、尿中排泄CN-が野生型マウスより多く、また血中のチオ硫酸レベルも高かった。従って、TST欠損の影響は普通餌を与えているマウスにおいても観察されることが判明した。
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