2009 Fiscal Year Annual Research Report
水俣病をめぐる「いのち」の思想――水俣地域における現地調査をもとに
Project/Area Number |
09J08784
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
丹波 博紀 The University of Tokyo, 大学院・総合文化研究科, 特別研究員(DC2)
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Keywords | 水俣病 / 死民の地政学 / 日本思想史 / 人類学 / 環境哲学 / 人間の経済 |
Research Abstract |
本研究は、水俣病事件の中で患者や支援者などがいかに生あるもの(もしくは生そのもの)に眼差しを向けたかを思想史的に考察するものである。そこで本年はこの研究で用いる一次資料の収集と水俣での参与観察をおこなった。 ただし、前もって述べれば、研究実施計画では個人誌・生活誌の作成を一年次の作業として挙げていたが、残念ながらこれは達成できなかった。しかし、以下の二点で次年度につながる充実した実績を上げることができた。以下、これについて報告する。 一つ目は水俣で柑橘類の有機栽培・流通に関する充実した参与観察をおこなえたことである。これは次年度以降さらに追及する研究事例を得られたという意味で意義深い。 この柑橘類の有機栽培・流通について若干説明すれば、これはカール・ポラニーが指摘した社会に埋込まれた経済のモデルを示すものと予想されるが、一方で水俣病を通じて被害者が人と生き物の生あるものに眼差しを向け「欠乏感」(scarcity)を不断に増進させる産業化社会から「プラグを抜く」(unplugging)実践であるようにも思える。左記の表現からも推察できる通り、これは思想史的にはイヴァン・イリイチなどの問題意識と通じるものである。 また、本年度中のもう一つの大きな成果として、水俣病被害を被ったある漁村の綱元(故人)の日記を初めとする一次資料を大量に入手できたことを挙げたい。この資料群は本研究のみならず水俣病研究全体において大変貴重なものであり、その整理が急務である。 この綱元は漁村の生業を防衛するため、長らく住民による水俣病申請を規制してきた人物だが、実はこの「水俣病を隠すこと」に、私は水俣病をめぐる「いのち」の思想の重要な側面が隠されていると考えている。そしてこの「水俣病を隠すこと」と上記の柑橘類の有機栽培には思想的交差点があると確信している。私はこの交差点を「死民」という言葉で表現するが、次年度は以上二点を中心に研究を進める。
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Research Products
(2 results)