Research Abstract |
「研究の目的」に記載したように,構想した3段階の研究過程のうち,本年度は,第一段過程の『実験モデルの確立』・第二段過程の『音脈形成の関する体系的な生理学的知見の獲得』を実施し,有用な成果を得た。『実験モデルの確立』では,研究実施計画の(1)に示すように,動物モデルとしてラットを用い,音脈分凝に関わる聴皮質の時空間的神経活動を計測するための,多点同時記録系を構築した。その計測インターフェースとして,大域的神経活動を計測する表面電極と,個々の神経細胞の活動を計測するための,剣山型刺入電極を用いた。そして,音脈を誘発する音刺激を提示したときの各神経活動を記録した。計測した多点表面電極の応答から,周波数選択性やマスキングといった,単一電極による先行研究の生理学的知見と同様の結果が得られた。次に,研究実施計画の(2)のように,音脈という知覚現象を行動の確率的な変化から把握するため,報酬の「位置」と音脈に関連する「刺激」を関係づけた,弁別課題による行動実験系を構築した。現在,一個体で,音脈分凝時に知覚される音のリズムと,分凝しない時の音のリズムとの弁別のパフォーマンスが70%を超え,リズムの弁別が成立しつつある。動物モデルを用いた弁別課題による行動実験で,音脈分凝に関わるリズムの弁別が成功したのは,申請者が確認する限り,哺乳類では世界初である。最後に,研究実施計画の(3)に記載したように,心理物理関数と関わりがある神経応答関数を得るべく,音脈形成に関わる神経生理学的基盤を網羅的に解析した。既存の生理学的知見では,音脈分凝の心理物理曲線を無矛盾に説明できない。そこで,知覚の変化に関わるとされる,試行間の神経活動のばらつきを調べた。音脈分凝を誘発する刺激で,リズム・周波数条件が変化する音系列を与えた際,特定のリズム・周波数条件で,分凝時の音刺激に相当する音系列の神経活動のばらつきに近づいた。これらの結果は,プリミティブな音脈形成や,試行ごとに音脈が変動する現象の,生理学的基盤の一側面を示すと考える。これらの実験・解析結果は,音脈のような複雑な音知覚に関わる,聴覚野の情報処理基盤の解明に貢献し,脳模倣型音識別器の生成においても重要と考える。
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