Research Abstract |
多くの生物は食物酸化過程でNAD^+を電子受容体とする.したがって,ここで生成したNADHを再酸化することは,そのような生物にとって必須の過程となる.NADHの電子は,好気性生物のような呼吸鎖をもつ場合には,O_2に代表される細胞外電子受容体に渡されるが,呼吸鎖を持たない(あるいは機能しない)嫌気性微生物の多くは,pyruvate等の細胞内酸化性物質に電子が渡される.しかし,これら電子受容体としての細胞内代謝中間体は,生合成出発物質としてもきわめて重要である.そこで,こうした(嫌気性)微生物の糖代謝で生み出されるNADHを,細胞外電子受容体により再酸化することができないか,あるいはまた,そうしたとき代謝系にどのような影響を及ぼすかという点について,生物電気化学を主軸として検討した. 酵母は(嫌気的)アルコール発酵過程でNADHレベルの振動現象を示し,これは細胞間で同期することが知られている.本現象は,解糖系上流酵素phosphofructokinase(PFK)がATP/ADP比に依存したallosteric効果を示すことに起因するものと,これまでは考えられてきた.しかし,この同期現象や,あるいは解糖系下流物質であるacetaldehyde添加(つまり,最下流酵素alcohol dehydrogenaseによるNADH消費)により大きく摂動が加えられることは,上記モデルだけでは十分には説明できない.そこで,解糖系の基質レベルのリン酸化反応も,(呼吸鎖の酸化的リン酸化と同様)NADH/NAD^+の酸化還元レベル,あるいはNAD依存性酵素反応が振動の重要な決定(あるいは制御)因子として関与しているという新しい振動モデルを提案した.そして中間体pyruvateに焦点をあて,ピルビン酸バイオセンサを用いて,acetaldehydeやNAD(H), ATP, ADPの添加効果を調べ,本モデルの妥当性を示した.特にacetaldehydeは細胞間移行可能な酸化還元物質として同期現象に深く関与すると思われる.一方,quinone類もNADH酸化剤として働き,acetaldehydeと同様の作用を示すことを明らかにした. 嫌気性微生物であるビフィズス菌や乳酸菌の乳酸発酵過程では,lactate dehydrogenase(LDH)によりpyruvateでNAD^+再生している.NAD^+再生のための新規な電子移動過程の導入を目的として,細胞外quinone類による細胞内NADHの酸化を検討した.その結果,細胞内diaphorase(DI)活性により,NADHからquinoneへの迅速な電子移動が進行し,さらに生成したquinol O_2,H_2O_2,Fe(CN)_6^<3->等多種の細胞外電子受容体に電子を渡すことを明らかにした.この外因性電子移動過程の反応速度は,quinoneの酸化還元電位と細胞膜透過性,およびDI活性とLDH活性の相対的強度で決定されることも明らかにした.特にプロピオン酸菌由来の2-amino-3-carboxy-1,4-naphthoquinone(ACNQ)は本電子移動の良好なメディエータとなる.このため,ごく微量(nMオーダー)での添加により,ドミノ的に代謝経路が変わる.たとえば,lactate生成は減少し,通常では観測出来ないpyruvateが生成される.さらに,ビフィズス菌ではこの外因性NADH酸化過程の導入により,acetyl CoAがNADH酸化(アルコール発酵)に使われることなく,ATP生成に利用されるということがわかった.ACNQはビフィズス菌の増殖促進因子として発見されたが,この作用機構も本モデルでよく説明できる.また,本モデルは,微生物による物質生産制御の新しい方法として利用できる可能性があることがわかった.
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