Research Abstract |
本年度は,「企業統治制度の進化と取引費用推定に関する日中比較研究」の最終年度ということもあり,中国企業と日本企業の実態調査,そして理論的分析が中心的に行われた。産業集積の形態としてのクラスターとその発展を導く起業家精神を促進するために,中国ではインキュベーターの発達が確認されている。とくに,われわれの場合,北京大学や清華大学の研究者や海外留学人員に向けて,ビジネスのスタートアップを支援する北京市留学人員海淀創業園を訪れ,綿密なインタビュー調査を行った。それによって,起業家教育のためのハンズオン的な知識移転が,企業やクラスターの発展に不可欠であるという認識を抱いた。さらに,われわれの場合,日本企業に眼を転じ,日産自動車のケース・スタディをつうじて,カルロス・ゴーンのリーダーシップの発揚と現場知識に起因した制度変化こそが企業進化に必要だということを見出した。起業家精神やリーダーシップは,経済学の理論世界では軽視されがちであったが,現実世界では経済発展を左右しうる重要な要素となっている。この点からも,新しい理論構築に向けた成果をえることができたが,比較コーポレート・ガバナンス論の文脈で日中比較の調査結果を解釈する必要があろう。通常の比較コーポレート・ガバナンス論は,会社機関の運営や株主利益の最大化といった観点から論じられることが多かったが,起業家精神の促進,あるいは取引費用節約に寄与する高コミットメントの企業文化の形成なども,ガバナンス・メカニズムと深い関係をもつ。一国の企業の発展は,さまざまな制度のあり方によって左右されるものであって,「制度が重要な関係をもつ」という精神を掲げて,現実と理論の双方を勘案した戦略,組織,そしてガバナンスのミクロ的な理論構築が不可欠となる。この点で,われわれの研究は,日中比較という文脈で,現代企業経営論の発展に一定の貢献をなしえたと言えよう。
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