2015 Fiscal Year Annual Research Report
アメリカ合衆国の「公的記憶」における人種言説と北欧系移民の自己形成
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14J06227
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Research Institution | Hitotsubashi University |
Principal Investigator |
鈴木 俊弘 一橋大学, 大学院社会学研究科, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2014-04-25 – 2017-03-31
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Keywords | 20世紀アメリカ / アメリカ文化論 / モダニズム / 人種主義研究 / 移民史研究 / ホワイトネス研究 / Marsden Hartley / アメリカ美術史 |
Outline of Annual Research Achievements |
平成27年度は、戦間期の米国社会で進展した文化モダニズム運動のなかに、移民集団が如何なる対象として主題化され、その過程を支配した言説空間がどのように形成されたのかについて分析を行った。 対象として、20世紀米国の美術モダニズム運動の旗手に位置づけられ、多様な視点から作品研究が蓄積されているマースデン・ハートレー(Marsden Hartley, 1877-1943)の“Finnish Yankee Sauna”(1938)を取り上げた。ハートレー作品の主要主題である半裸の白人男性像とは同時代の「純粋なアメリカ人種」を探求した人種主義表象との美術史解釈枠に準じ、フィン系移民の若者が半裸で集合する同作品も、米国における理想的な白人移民像として描かれたものと解釈されてきた。 しかし私が提起し論証したのは、“Finnish Yankee Sauna”の主題表象が、ハートレーの人種主義的関心の能動的な発露ではなく、同時期のフィン系移民が自らを米国社会の理想的な白人移民と提示した表象戦略の所産であった点である。 外観はスカンディナヴィア系に近いと見られていたが非印欧語の母語話者ゆえに近代人種論のなかでモンゴロイドに分類されていたフィン系移民は、米国社会での完全な白人性を獲得するため、広域的な政治運動を起こして1938年のニュー・スウェーデン植民地入植三百周年記念祭に入植者子孫として参加した。フィン系移民は植民地時代の入植者を理想的な白人種と無条件に想像する米国の記念言説を利用し、様々な局面にて自らを英仏蘭瑞に列せられる白人と宣伝したのである。 ハートレーは、自身の人種主義的志向ゆえに、フィン系移民の表象戦略に無自覚に誘導され、まさに1938年という契機に“Finnish Yankee Sauna”を描かされ、さらに作品自体も表象戦略の一端を担うものとなったのだ。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
平成27年度は米国の北欧移民集団をめぐる大戦戦間期における文化表象研究の分析対象を、エスニック集団の社会経験や文化参与状況についての個別具体的事例から、米国美術の初期モダニズム運動という大きな文化潮流の中心に移すことで、米国社会を俯瞰的に見据える視点から研究考察することに力点を置いた。 そのために焦点を合わせたのは初期アメリカ・モダニズムの旗手マースデン・ハートレーの代表作品の解釈枠組みそのものの文化史である。従来の社会文化論的な美術解釈枠組みに、新たにアメリカ移民史の視点を持ち込むことによって、アメリカの美術モダニズム運動に底流する人種論的要素とその社会的機能を検証し、さらにアメリカ社会における移民集団の表象変容の歴史的な意味を分析した。分析の方法論として、マースデン・ハートレーの作品解釈をめぐる社会的コンテクストの実証的な同定を行うため、イェール大学バイネッキー図書館所蔵の手稿文書調査を行い、得られた史料群(平成26年度成果)を批判的に参照した。研究成果の一部については、日本アメリカ史学会第12回年次大会にて発表を行った。 ある特定の時代と社会に流通する〈他者〉のイメージや言説が、その社会の中でどのように更新され、再定着していくのであろうか、そこに確固とした契機と理由を指摘できるのか──文化表象研究とはこれらの問題への例証である。平成27年度の研究によって、この問題にこそ美術解釈のなかに移民史という歴史学的な視点を持ち込むことの意義、および歴史学のなかに美術作品をテクストとして読み込むことの意義を指摘できるという知見に至った。
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Strategy for Future Research Activity |
平成28年度においては、(1) 1938年に開催されたデラウェア川流域の「ニュースウェーデン入植300周年記念祭」にて、入植者子孫として参与したスウェーデン系とフィン系の移民集団が、それ以降のアメリカ社会にてどのようにプレゼンスを高めていったのかについて詳述を行うこと、(2) そして後年の社会事象(1939年のニューヨーク・ワールドフェアへの参加および1939年から1940年の「冬戦争」の被災民支援運動)について調査を行うことで、1938年の祝祭参与の究極の目的とは何であったのかを遡及的に論じることを計画している。 研究の集大成としてアメリカ社会がバルト=スカンディナヴィア地域出身の移民に付した特異な「人種論」を論じ、スウェーデン人という「これまでホワイトネスを論じられてこなかった集団のホワイトネス」と、フィン人という「歴史のなかで〈モンゴロイド〉とみなされた白人」のホワイトネスについて総合的な結論を導き、博士号取得論文の完成としたい。
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Research Products
(1 results)