2014 Fiscal Year Annual Research Report
Project/Area Number |
14J07269
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
町本 亮大 東京大学, 総合文化研究科, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2014-04-25 – 2017-03-31
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Keywords | ワイルド / ヴィクトリア時代 / 進化論 / キーツ / イギリス観念論 / 倫理的社会主義 / 個人主義 / グリーン |
Outline of Annual Research Achievements |
オスカー・ワイルドの芸術論的著作を同時代の社会思想の文脈の内に位置づけることを試みる本研究において、本年度は二つの領域に関し研究を遂行した。
一つは、ヴィクトリア時代におけるキーツ作品の受容を手がかりとしながら、アーノルド、ペイター、ワイルドらの美学的著作において、芸術の創造をめぐるロマン主義的有機体論が、スペンサーやダーウィンらの進化論的言説と交錯する様相を探るものである。ダーウィンの自然選択説が自然から目的、計画の観念を剥奪し、独創性の源泉としての自然観を維持することが困難になった時代潮流の中で、これらヴィクトリア時代の文人たちが、人物としてのキーツとその作品に、受容性・受動性の詩学、言語の物質性・自律的運動性という象徴的意味を読み込むことを契機として、それぞれの美学的立場を形成したことを明らかにし、論文「ヴィクトリア時代におけるキーツ受容と芸術の創造をめぐる有機体論の変遷――アーノルド、ペイター、ワイルドを中心に」として『年報地域文化研究』に発表した。
もう一つは、ワイルドの批評『人間の魂』を、スペンサーの影響下に勢力を増した政治運動としての個人主義、T・H・グリーンらイギリス観念論者の社会思想ないし倫理的社会主義との連関において解釈することを試みるものである。この批評は、個人の自由に至上の価値を置くアナキズム的理想を掲げる点において世紀末の個人主義(リバタリアニズムの先駆的理論)と一定の親近性を持つものであるが、共同善と自己発展の究極的調和を説く内在論的ヴィジョンを提示している点で、むしろイギリス観念論の社会思想(コミュニタリアニズムの先駆的理論)ないし倫理的社会主義と同一の思潮の内に位置づけられねばならないものであることを示し、論文「オスカー・ワイルドの『人間の魂』における自己発展と共同善――個人主義、イギリス観念論、倫理的社会主義」(来年度発表予定)にまとめた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
いまだ詳細に検討されたことのないイギリス観念論(British Idealism)とワイルド作品の関連を探ることのできた点で有意義であったが、今年度の研究は自己実現(self-realisation)/自己発展(self-development)原理を核とする卓越主義的契機を両者が共有している事実とそれに関連する諸問題に限定されたものであり、自己支配(self-mastery)や自己意識(self-consciousness)といった他の諸観念の共有という事態が持つ知性史的意義について十分に議論を展開することができなかった。また、ヴィクトリア時代の文人たちの美学的立場が、それぞれの進化論的言説との交流の内に形成されたことを明らかにしたことも価値のあることであったが、この議論とイギリス観念論者らの社会思想を明瞭に結びつけるに至っていない。しかしイギリスにおける観念論と進化論が密接な連関を有していた事実に関しては既に認識を得ており、今後とりわけD・G・リッチー、L・T・ホブハウスといったイギリス観念論、新自由主義(New Liberalism)の思想家に焦点を当てることにより、これらの問題群を統一的連関の下に扱う視座を得ることができると考えている。
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Strategy for Future Research Activity |
イギリスの世紀末ないし世紀転換期におけるいわゆる社会進化論は、スペンサーに代表されるように、レッセ・フェール、自由放任型経済を正当化するためにも用いられたし、反対に、リッチー、ホブハウスに代表されるように、大幅な国家干渉の必要性を主張、擁護するために持ち出すことも可能であった。すなわち右も左も自らの政治的主張に理論的基礎を提供するために進化論的言説へと手を伸ばした。とりわけ後者は、人間の意識や合理的設計能力をも進化の論理に包摂させることにより、自然(経済法則)と人為(合理的制度設計、国家介入)を対立的に捉えるスペンサーら個人主義者の二元論的な思考の構造を解体し、ヴィクトリア時代的な進歩の観念への信頼と市場への国家介入の擁護を両立させることに成功した。
ワイルドの『人間の魂』が、スペンサーの個人主義より、グリーンの観念論との連関の内に解釈されねばならないものであることを示した本年度の研究を念頭に置きながら、次年度においては、グリーンの観念論を引き継いだリッチー、ホブハウスら新自由主義の理論家たち(New Liberals)らの「設計」の社会思想が、ワイルドの「自己意識」、「批評意識」を核とする美学理論と同等の精神態度を共有していることを示したい。そしてこの社会理論と美学理論の間にみられる構造的類似が、単に偶然の一致により生じたものでなく、両者が観念論的認識論を基礎とする人間本性論、個的人格の私秘性・主権性でなく、複数の人格間の侵襲的交流を中心に据える自由論、個人の潜在的資質の発現と共同善の不可分的結合を主張する卓越主義的共同体主義といった諸要素により構成される同一の知性史的潮流に加わっている事実に起因するものであることを明らかにしたい。
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Research Products
(1 results)