Research Abstract |
ヒト大腸癌の悪性度に影響をおよぼすβ-カテニンがん化シグナル特異的活性化の分子機構をがん病態との関連から個別的ならびに網羅的に究明し,得られる成果を大腸癌の発生進展過程の解明と診断・治療に応用することを主目的とし,一連の解析から得られる知見に基づいて,大腸癌の悪性度や予後の分子診断法を開発することを目指して本研究を実施した.本年度は,B-カテニンシグナル制御に関わるGSK3βの発現・活性の解析と,活性化β-カテニンの検出にもとづく大腸癌の血清診断の試みについて検討した. 大腸癌細胞や切除癌組織におけるGSK3βの発現と活性はWntシグナルには関係なく亢進し,正常細胞とは異なり自身のSer9リン酸化による活性制御は破綻していた.癌細胞のGSK3β活性を低分子阻害剤により抑制すると,阻害剤の濃度依存的にアポトーシスが誘導され,増殖は阻止された.一方,対照細胞にはこれらの変化は観察されなかった.RNA干渉により本酵素発現を減弱させると,酵素活性阻害と同様に癌細胞の生存と増殖が抑制された.また,マウス移植大腸癌細胞の増殖は本酵素阻害剤の腹腔内投与により用量依存的に抑制された.このように,大腸癌におけるGSK3βの発現や活性制御の破綻が癌細胞の生存と増殖を推進するという新しい機能を発見した.そして,GSK3β阻害の制がん効果を細胞から個体レベルで検証することにより,本酵素が大腸癌の新しい治療標的であることを同定・実証した(国際出願PCT/JP2006/300160).GSK3βはインスリン非依存性糖尿病やアルツハイマー型認知症の創薬標的として世界的に注目され,多数の阻害剤が開発されてきている.本研究成果と従来の知見より,GSK3βは糖尿病,認知症と大腸癌に共通の創薬標的であり,これら主要な成人疾患発症の関連に新視点を賦与する重要な疾患マーカーであることが示された. 大腸癌に検出されるβ-カテニンの活性化は癌細胞核における異常集積として認められることから,β-カテニンは大腸癌症例の末梢血に高発現していることが推察される.そこで,リコンビナントヒトβ-カテニン蛋白質を作成し市販の抗β-カテニン抗体を用いてELISA(enzyme-linked immunosorbent assay)によるβ-カテニンの定量的検出法を開発した.本法により末梢血のβ-カテニン濃度を比較検討した結果,大腸癌症例の血清β-カテニン濃度は健常人あるいは非がん症例に比べて有意に高いことが判明し,大腸癌の血清診断への応用の基盤成果であることが示唆された.
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