2016 Fiscal Year Annual Research Report
概日時計システムの頑強性と時差の分子神経機構の体系的理解と時差病態治療への応用
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15H05642
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
山口 賀章 京都大学, 薬学研究科, 助教 (30467427)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 視交叉上核 / 時計遺伝子 / バソプレッシン / 時差 / 概日時計 / 概日リズム / 数理モデル |
Outline of Annual Research Achievements |
グローバル経済を担う24時間体制の工場や物流・輸送サービスあるいは不夜城と化した警察や消防、病院といった社会施設は、今日の私たちにとって必須の生活基盤である。近年、時差勤務に基づく乱れた生活リズムのため、シフトワーカーが睡眠障害やうつ病あるいは生活習慣病を高頻度で発症することがわかってきた。しかし、時差の実態に迫る研究は皆無で、そのメカニズムはほとんど不明であった。そこで、私たちは、概日リズムの中枢である視交叉上核(SCN)をターゲットとし、時差を制御するSCNの分子神経機構の解明を試みている。これまでに私たちは、バソプレッシン(AVP)の受容体であるV1aとV1bを時差制御分子として同定した。SCNの約半数の神経細胞はAVPを発現しているが、このAVP神経細胞は、V1aおよびV1b受容体も発現し、お互いの細胞間でSCN内の局所神経回路を形成する。私たちは、V1aとV1b受容体を、共に全身で欠損したダブルノックアウトマウス(V1aV1bDKOマウス)を作製し、マウスを飼育する明暗環境を8時間前進あるいは後退させるという時差実験を行った。野生型(WT)マウスでは、時差の後、新しい明暗環境に再同調するのに10日程度を要したが、V1aV1bDKOマウスでは、瞬時に再同調した。しかしながら、なぜ、WTマウスでは再同調が遅く、V1aV1bDKOマウスは時差症状を示さないのかは不明であった。そこで、私たちは今回、SCNの組織形態学に基づいた数理モデルを作成し、時差環境下における各SCNコンパートメントの振動体のふるまいをシミュレーションしたところ、時差変動を複数回に分割すると再同調は早くなると予測された。次に、これをマウスを用いて検討したところ、その妥当性が示された。本研究の成果は、SCNの概日リズム頑健性の神経機構の解明のみならず、シフトワーカー病態の軽減にも寄与するものである。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
時差環境下のマウスSCNにおける時計遺伝子の発現振動は、V1aV1bDKOのSCNではその振動位相と振幅は瞬時に再同調するものの、WTのSCNでは時差直後は一旦振動を停止し、その後少しずつ振動の振幅が回復し、時差後8日ほどで振幅と位相が時差前のように回復する。しかしながら、なぜそのようなふるまいを示すのかは不明であった。そこで私たちは、SCNの組織形態学に基づいた数理モデルを作成した。具体的には、明暗シグナルを受容するVIP細胞とVIP細胞から投射するAVP細胞(SCNではAVP細胞同士で神経回路を形成するが、この結合を評価するためAVP細胞を2つの集団に分けた)の3つの振動体によりSCNを構成する数理モデルということになる。この数理モデルでは、上記の時差環境下におけるWTマウスのSCNでの概日振動の変遷パターンを忠実に再現した。特に、数理モデルでは、時差直後に2つのAVP細胞が特異な振動位相を形成し、お互いのその後の位相変動を停止ないし著しく減弱するという結果になった。このアイデアは、現時点では動物実験では得ることが非常に困難であり、数理モデルの有用性を示す一例と考えられる。また、数理モデルにおいてAVP-V1a/V1bに基づくAVP細胞間の結合をゼロと設定することで、V1aV1bDKOのSCNとしてシミュレーションしたところ、概日振動の位相と振幅は時差直後に即座に回復した。さらに、数理モデルを解析したところ、8時間の明暗前進を一度に行うよりも、4時間前進を2回行う方が、その後の再同調が早くなると予想された。これをマウス行動実験により検定したところ、確かに4時間2回の方が8時間1回よりも行動リズムの再同調は早かった。これらの結果は、薬剤等の使用ではなく、生活リズムの調整で時差ボケやシフトワーカーの睡眠障害を軽減させることを多いに示唆している。
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Strategy for Future Research Activity |
これまでに、私たちは数理モデルと遺伝子改変マウスを用いて、概日時計の中枢であるSCNの時差環境下における概日振動位相の変遷パターンの解明に取り組んできた。今回は正常マウスがなぜ時差ボケになってしまうのかを、数理モデルにより予測することに成功した。これは、SCNの概日リズム頑健性の神経機構の解明に寄与するものである。また、数理モデルにより得られた時差症状を緩和するシフトの工夫が、マウスでも有用であることを示すことができた。今後は、今回判明した、時差を複数回に分けると再同調が促進されることが、慢性時差環境下にさらされるシフトワーカーの病態改善に寄与できるかを検討していきたい。マウスを慢性時差環境下におくと肥満症状を示すが、時間シフトの組み方を工夫し、明暗の時間変動を分割させることで、慢性時差による体重増加を軽減できるかどうかを検討したい。この結果が期待通りであれば、本成果は、薬剤を使用するものではないため、実社会への応用も比較的スムーズであるものと考えられる。特に大企業では、そのスケールメリットをいかして、24時間体制の勤務シフトを最適に組み直すことは多いに可能であると期待している。 また、私たちは引き続き、新規の時差異常マウスを作製し、時差環境下におけるこれらマウスの行動リズムを測定している。現在、種々の時差制御分子のコンディショナルノックアウトマウスを作成・繁殖しており、時差、すなわち概日時計の頑強性を担う分子神経機構の体系的な解明を進めていきたい。
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Research Products
(9 results)