2017 Fiscal Year Annual Research Report
概日時計システムの頑強性と時差の分子神経機構の体系的理解と時差病態治療への応用
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15H05642
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
山口 賀章 京都大学, 薬学研究科, 助教 (30467427)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 概日リズム / 視交叉上核 / バソプレッシン / 時計遺伝子 / 時差 |
Outline of Annual Research Achievements |
コルチゾールといったホルモン分泌など、私たちの生理現象の多くには24時間周期のリズムがある。この概日リズムは、外界の明暗リズムによって従属的に駆動されるものではなく、生体が体内時計により主体的に形成するものである。通常、体内時計は、環境の明暗周期と完全に同調しているため、私たちはその存在にほとんど気づいていない。ところが、欧米へとジェット機旅行をすると、環境の明暗リズムは瞬時に変動するのに対して、私たちの体内時計はほとんど位相変動しないため、生体リズムと明暗リズムの間にズレが生じ、時差ボケとなる。しかしながら、長年、この時差ボケの分子神経機構はほとんど解明されていなかった。 私たちは、体内時計の中枢である視交叉上核(SCN)の神経細胞で産生されるバソプレッシンに着目した。SCNの約半数の神経細胞はバソプレッシンを発現しているが、さらに自身の受容体であるV1aおよびV1bも発現し、お互いの細胞間でSCN内の局所神経回路を形成している。私たちは、近年、V1aおよびV1bのダブルノックアウトマウス (V1aV1bDKOマウス) が、時差症状を全く示さないことを見出した。明暗リズムを8時間前進させてマウスを時差環境下におくと、V1aV1bDKOマウスでは、行動リズムは、新しい明暗リズムへと瞬時に再同調したが、野生型マウスでは10日程度を再同調に要した。この際、行動リズムの開始点は、日々、少しずつ前進して再同調したことから、時差環境下において、光刺激は日々再同調に貢献しているものと推測された。そこで、私たちは、神経活動のマーカーであるc-Fosの発現を、時差環境下において日々測定した。野生型マウスのSCNでは明暗前進後1日目に多くの細胞でc-Fosが誘導されたが、その後もV1aV1bDKOマウスのSCNと比較して、多くの細胞でc-Fosが誘導された。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
明暗を8時間前進させることによる時差環境下において、V1aV1bDKOマウスの行動リズムは、瞬時に再同調する。一方で、野生型マウスにおいては、行動リズムの開始点は、時差環境下において、日々、少しずつ前進し、明暗前進後10日ほどで新明暗環境に再同調する。哺乳類動物において、行動リズムを同調させる一番の因子は光刺激である。そこで私たちは、神経活動のマーカーとして広く用いられるc-Fosの発現細胞数を免疫組織化学によって定量することで、時差環境下の日々の光刺激がSCNに及ぼす作用について検討した。まず、明暗を前進させた後、1、2、6、10、14、18、22時間後に野生型マウスのSCNをサンプリングし、どの時間で最もc-Fosが誘導されるかを検討したところ、1時間後で最も顕著にc-Fosが誘導されることがわかった。続いて、明暗前進後、1-7日目の各日における明期開始1時間目で野生型マウスのSCNをサンプリングし、c-Fos発現細胞数を定量したところ、時差後1日目だけでなく、2-5日においても時差前の同時間帯と比較して、より多くの細胞でc-Fosの発現が確認された。一方でV1aV1bDKOマウスのSCNでは、c-Fosの発現は時差後1日目において顕著に誘導されたが、2日目以降は急激に減少した。2-way ANOVAの後にBonferroni法により多重比較を行ったところ、野生型マウスのSCNにおける時差後2-3日目のc-Fos発現細胞数は、V1aV1bDKOマウスのものよりも有意に多かった。したがって、明暗前進後の光刺激は、野生型マウスのSCNにおいては、時差直後のみならず、数日にわたって作用するものと考えられる。また、V1aV1bDKOマウスのSCNでは、時差直後においてのみc-Fosの誘導が検出されたが、このことはV1aV1bDKOマウスの素早い時差再同調と一致するものであった。
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Strategy for Future Research Activity |
これまでに、光刺激によって誘導されるc-Fosの発現量と行動リズムの位相変動量において正の相関があることや、c-fosに対するアンチセンスオリゴヌクレオチドを投与すると、光刺激によって引き起こされる行動リズムの位相変動が抑制されることが知られていた。今回私たちは、野生型マウスのSCNでは時差環境下において数日にわたってc-Fosの発現が誘導されることを見出した。したがって、私たちの結果は、時差環境下において毎朝光を浴びると、行動リズムの再同調がその都度促進されると示唆するものである。これは、単に海外渡航時の時差ボケを早期に解消させるのみならず、慢性時差環境下にさらされるシフトワーカーの生活習慣病の改善に寄与できる可能性を示唆するものである。マウスを慢性時差環境下におくと肥満症状を示すが、強制的に毎朝光照射を与えることで、体重増加を軽減できるかどうかを検討したい。 また、私たちは引き続き、新規の時差異常マウスを作製し、時差環境下におけるこれらマウスの行動リズムを測定している。現在、種々の時差制御分子のコンディショナルノックアウトマウスを作成・繁殖している。これらの変異マウスにおける、各組織における遺伝子発現や行動リズムの測定を行うことにより、時差を制御する(すなわち概日時計の頑強性を担う)分子神経機構のシステッミックな解明を進めていきたい。
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Research Products
(13 results)