2015 Fiscal Year Annual Research Report
19世紀前半のロシアにおける音楽美学の展開 - V. オドーエフスキーを中心に
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15J00266
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Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
三浦 領哉 早稲田大学, 文学学術院, 特別研究員(DC2)
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Project Period (FY) |
2015-04-24 – 2017-03-31
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Keywords | ロシア文化史 / オドーエフスキー / ロマン主義 / 音楽思想 / 音楽美学 / 新プラトン主義 / ドイツ観念論 |
Outline of Annual Research Achievements |
報告者においては、当初の2016年度の計画通り、ロシアの作家、音楽評論家であったウラジーミル・フョードロヴィチ・オドーエフスキー(1803-1869)の活動初期における音楽思想について研究を行った。とりわけ活動最初期(1822年から1835年にかけて)における、ロシアにおけるドイツ語圏音楽の受容と他の西洋音楽(イタリア音楽・ポーランド音楽など)の受容における意識差について、オドーエフスキー本人による評論や哲学論文を通して考察した。また同時に、彼の音楽思想の底流をなす(と従前考えられてきた)ドイツ観念論と、彼の活動初期における音楽思想との実際の関連について検証を行った。実際に活動初期における芸術論を検討したところ、オドーエフスキーはボエティウス (480-525) を基礎に、音楽の本質を「調和」に置いた上で、「非調和」もまた音楽であるとし、「調和と非調和」の止揚として音楽を位置づけていることがわかった。この点においてオドーエフスキーは単に中世の音楽思想をそのまま援用しているばかりでなく、18世紀の観念論との統合が行われている。つまり、オドーエフスキーは新プラトン主義哲学を下敷きとしつつ、哲学の方法論としてヘーゲル的弁証法を用いているのである。言い換えれば、「二つの対立の総合」という弁証法の観念を音楽に持ち込んでいるということになる。 以上のように、オドーエフスキーの初期における音楽思想は、必ずしもドイツ観念論のみに依って立っているわけではないということが明らかになった。このことはロシア音楽史における、いわゆる「国民楽派」期以前におけるオドーエフスキーの芸術哲学の源泉として、さらにこの後に訪れる「国民楽派」期のオドーエフスキーの芸術思想を読み解く重要な基礎となる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2016年度においては、【研究実績の概要】に述べたように「前国民楽派」期におけるオドーエフスキーの音楽思想について研究を行ったが、概ねその進捗は順調であった。既に公刊されているオドーエフスキーの音楽評論や演奏会評論、また一般美学論文、音楽哲学論文を時代順に精読し、この時期のオドーエフスキーにおける音楽思想の源泉をある程度つかむことができ、またそれらが従来言われてきたとおりのものではなかったということが明らかになった。この点についてはほぼ計画通りである。 また、2015年8月のICCEES(国際中央・東欧研究協議会)第9回幕張大会(於神田外語大学)、2015年10月10日の第66回美学会全国大会(於早稲田大学)および2915年11月7日の日本ロシア文学会第65回大会(於埼玉大学)の3学会においてこれらの研究成果に対してそれぞれ別の視点と比重からの研究発表を行った。とりわけ査読の結果、第66回美学会全国大会若手研究フォーラムの優秀プロシーディングスとして選ばれ「第66回美学会全国大会若手研究フォーラム集」に収録された点においては「当初の計画以上に進展している」としても過言ではないが、その一方でいくつかの研究しきれなかった部分も存在する。 例を挙げれば、当初予定していた、これまで影響力を持っていた、ロシア語によるロシア音楽史・ロシア音楽美学史研究書を購入の上で精読する計画は当初の予定ほどは進めることができなかった。その理由は、当初の予定以上に文献そのものが膨大な量であること、またロシア連邦の政策、およびロシア国内におけるこれら古書の流通の少なさから、予定していたすべての文献を手に入れることが叶わなかったためである。これらの文献については、新たな入手ルートをさぐりつつ、次年度に回すこととしたい。 以上のことから、平均して「(2)おおむねに順調に進展している」と評価するものである。
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Strategy for Future Research Activity |
引き続きオドーエフスキーの評論と論文を対象に検討を行いつつ、対象とする時期を初期(前国民楽派期)から中期(国民楽派期)へと移行させていく。初期から中期へ移行する時期におけるオドーエフスキーについては、未だ公刊されていない資料も存在しているため、これらについてはロシアに保存されている手稿資料の研究を行う。また初期から中期には、音楽を実作する立場にある作曲家とオドーエフスキーとの交流が盛んになるため、書簡資料についても調査を要する。 また同時に、一般的な芸術におけるロマン主義と国民主義の関係について再検討を行う。ロマン主義とは本来的に古典主義に対するアンチテーゼとして生まれた潮流であるが、この思潮と国民主義の成立の間の連関性を論ずるには純粋に思想史的視点、芸術史的視点のみならず社会史的な視点が欠かせない。その認識の上で、この時代の音楽におけるイデオローグであったオドーエフスキーの思想がどのようにして国民主義へ向かっていったのかを考える必要がある。この点については、すでに2015年度においてある程度までオドーエフスキー自身の書いた文献の読み込みが終わっているため、2016年度においてはそれをより一般化する方向で研究を進める予定である。 オドーエフスキーの音楽学に関する論文を精読し、彼が「音楽におけるロシア性」をどのようなものと捉えていたのかを明らかにする。たとえば、後のスターソフやバラキレフが、芸術音楽に民謡を引用することで「ロシア性」を表現することを目指したのに対し、オドーエフスキーはこの点を論文の中で譜例を用いて音楽学的に論じている。この議論を咀嚼し展開することにより、19世紀の100年間にロシア楽壇において一貫して論争の的となった「音楽におけるロシア性」の原点を明らかにし、19世紀後半におけるロシア音楽美学へと研究を敷衍していく端緒とする。
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Research Products
(4 results)