2015 Fiscal Year Annual Research Report
産業遺産の観光資源としての活用に見るモダニティの変容と真正性の構築に関する研究
Project/Area Number |
15J01283
|
Research Institution | Hokkaido University |
Principal Investigator |
平井 健文 北海道大学, 国際広報メディア・観光学院, 特別研究員(DC1)
|
Project Period (FY) |
2015-04-24 – 2018-03-31
|
Keywords | 産業遺産 / 文化遺産 / 観光資源 / 真正性 / サハリン / 炭鉱・鉱山 / 遺産化heritagization / モダニティ |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は、現代における産業遺産の真正性の構築プロセスと、その中での国民国家の役割を明らかにするという研究目的を定めた。そこで、目的を鑑みた上で調査対象地として妥当性があると考えられる、ロシア連邦サハリン州に残る日本統治下の製紙工場群跡(以下、工場跡)と、日本国内の炭鉱・鉱山の遺構を対象にして調査を実施した。それと並行して、欧米諸国において発展が目覚ましい文化遺産研究の理論的な再検討を図った。 サハリン州における調査からは、工場跡は「遺産化(Heritagization)」の初期段階にあることが確認できた。現状では、日本側が主導して工場跡の歴史的・産業史的な真正性の構築が図られる一方、州政府や現地住民は工場跡に文化的・美的価値を見出していない。また、現地住民や日本への引揚者・永住帰国者、かつての所有企業などもこうした動向に包摂されていない。しかし、後述する永住帰国者への調査から、国家的な真正性だけでは語りきれない、労働の場、地域形成の拠り所としての真正性を工場跡が潜在的には有することも明らかにできた。 日本における調査からは、産業遺産の「遺産化」の進展とともに、多様なアクターが構築する複数の真正性が共存しつつも、国家が構築した真正性の影響力が依然として強いことを確認できた。一方で後述するように、地域社会の側でもさまざまな実践を通して、地域独自の真正性を観光客に伝達、あるいは地域内部で再生産しながら、自律性を担保している実態も明らかにすることができた。 以上の成果と理論的研究の成果を通して、産業遺産の真正性の構築は、関係する諸アクターによる通時的かつ動的なプロセスとして記述することが可能であり、そのプロセスは「遺産化」の段階に応じた、その時々のアクターの社会的目標によって変容するものであるという暫定的な結論を得て、学会発表や学術論文を通してその成果を公開した。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本年度は、後述する日露共同事業への参画という機会に恵まれたこともあり、サハリン州における調査を大幅に前倒しして実施することができ、その成果を暫定的ながら国際学会で発表することが出来た。また、文化遺産研究の理論的な再検討から、本研究全体に対する理論的な視座を構築し、国内外で5回の学会発表や、アウトリーチ活動に取り組めたことも大きな成果である。一方で、日本国内の調査に充分な時間を割くことができず、当初に予定していた産業遺産保全の現場におけるインタープリターとしての参与観察を行えなかったこと、また学会誌等への論文投稿に時間を要したことが反省点として挙げられる。 なお、調査の詳細な進捗状況は以下のとおりである。まずサハリン州の工場跡については、現状把握のために、2015年7月、9月、10月の3回に分けて、工場跡の実地踏査、日本人観光客の動態調査、現地の日本国総領事館およびサハリン州政府への聞き取り調査を実施した。また2016年1月から、サハリン州から日本に永住帰国した住民に対する聞き取り調査も行った。特筆すべき事項として、平成27年10日に日露両国が共同で実施した樺太期の史跡保存に関する調査、国際シンポジウムに日本側の専門家の1人として参加する機会を得た。その結果は、概要欄にまとめた通りである。 日本の産業遺産については、地域社会における産業遺産の保全活用の現状や、最新の動向を明らかにするために、NPO法人や行政担当者等への聞き取り調査を、北海道空知地方、栃木県日光市、兵庫県神戸市、長崎県長崎市などで実施した。その結果、概要欄で述べたように、博物館の最新の展示技法、アートと融合した産業遺産のインタープリテーション、ゲストとしての視座から見た産業遺産の価値説明などの実践を通して、地域社会が独自の真正性の構築を図り、観光を通して内外へと発信・伝達している実態を明らかにすることが出来た。
|
Strategy for Future Research Activity |
今後の推進方策は大分すると以下の3点である。第1に、サハリン州の工場跡をめぐる調査をさらに精緻化する。特に、産業遺産が本来有する多元的な価値・真正性を担保するアクターとして注目される、日本への永住帰国者の聞き取り調査に注力する。また、サハリン州公文書館の協力を得て現地における文献調査を実施し、研究の基盤となる情報を収集する。第2に、産業遺産を訪れるゲスト側の調査を開始する。近年観光研究の分野において提起されている「行為者としての観光客」論に基づき、ゲストの存在、またゲストとホストの継続的なコミュニケーションが、どのような影響を地域社会に与え、それによって真正性の性格そのもの、あるいはその構築プロセスがどのように変容したのかを明らかにする。その際は、日本国内のNPO法人等の協力を得て、代表者自身がインタープリターとして参与観察を行い、その知見を研究だけではなく、地域社会に対しても還元する。第3に、理論研究を深化させる。文化遺産研究、観光学、社会学などの諸分野において、産業遺産研究に応用性のある既往研究を横断的にレビューする。特に、近年、欧米諸国の文化遺産研究で提唱されている「プロセスとしての文化遺産」論の射程を検討する。 以上の成果と、本年度の成果を踏まえて、現代における産業遺産の真正性の構築プロセスにおける、国家、地域社会、企業、ゲストなどの各アクターの役割や社会的目標を通時的に明らかにする。これによって、最終年度に予定しているところの、現代社会論への産業遺産研究の位置づけに必要な理論的、実証的な視座・成果を得ることとする。 なお、本年度学会発表で公開した成果などを、早い時期に学術論文として取りまとめて、地域社会学会や国外の研究誌等に投稿する(すでに1本を投稿済)。
|
Research Products
(6 results)