2015 Fiscal Year Annual Research Report
環境法における原因者負担原則と土地所有者責任に関する考察-米独日の比較から-
Project/Area Number |
15J02607
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Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
石巻 実穂 早稲田大学, 法学学術院, 特別研究員(DC2)
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Project Period (FY) |
2015-04-24 – 2017-03-31
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Keywords | 環境法 / 原因者負担原則 / 土壌汚染 / 状態責任 / 費用負担 / 正義と公平 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、環境法における原因者負担原則と土地所有者責任との関係性を明らかにすることである。原因者負担原則は環境法の基本原則として一般的に重視されるものであるが、土地所有者責任が環境法において直接的に問題となるのは、土壌汚染がその典型である。わが国の土壌汚染対策法においても、責任主体には汚染原因者と並んで土地所有者が含まれる。しかしながら、同法は原因者よりも土地所有者に責任を偏重させている。原因者負担原則と土地所有者責任との関係性が不明確であることがわが国の環境法の責任体系における未解決の問題であると考える。 平成27年度は、ドイツ環境法における原因者負担原則と状態責任(土地所有者責任)との関係性について研究を進めた。わが国の土壌汚染対策法が土地所有者責任を採用した背景に、ドイツ警察法における状態責任の概念が大きく影響していることから、ドイツ警察法における行為責任と状態責任、ドイツ環境法における原因者負担原則と状態責任、ドイツ連邦土壌保全法における原因者の責任と状態責任についてそれぞれの関係性を考察した。その中で、原因者負担原則は警察法に由来するものであるがゆえに、ドイツ環境法では原因者負担原則の概念に状態責任をも含めるものとされていること、および、状態責任者を原因者の概念に組み込むか否かについては学説が分かれていることがわかった。ただし、原因者と状態責任者の責任はイコールではなく、状態責任者は原因者とは異なりリスクの領域については責任を負わないとする見解が一般的であるし、土壌汚染に関する連邦憲法裁判所の決定においては、善意の状態責任者は土地の価額を責任の上限とされうることが述べられている。したがって、概念として原因者負担原則の中に状態責任が含まれるという関係性にあっても、実際には一定の場合に状態責任は原因者の責任よりも限定的になるという方向性が明らかであるといえる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
平成27年度はかねてから、ドイツ環境法における原因者負担原則と状態責任との関係性について考察を行うことを計画していた。平成26年度は、アメリカ環境法におけるPolluter-Pays-Principle(汚染者負担原則)と土地所有者責任との関係性について研究成果を公表した。そこでは、アメリカの土壌汚染対策法制たる包括的環境対処補償法(CERCLA)においては汚染者負担原則が法の目的として尊重されており、土地所有者責任は汚染者負担原則をあくまでも補完するものとして機能していることを論じた。これを踏まえて、わが国の土壌汚染対策法における土地所有者責任概念の祖たるドイツ法上の状態責任の原因者負担原則と対比した際の位置づけを調査するという流れである。 (2)を選択したのは、実際に平成27年度中の研究の結果、ドイツ環境法における原因者負担原則と状態責任との関係性についてはおおむね分析できたからである。端的に示すと、以下のようになる。ドイツにおいては原因者負担原則は警察法に由来するものであるために、警察責任が行為責任(原因者の責任)と状態責任とを並置することに倣って、原因者負担原則の概念に状態責任を含むとされていること、ただし、状態責任者を原因者の概念に組み込むか否かでは学説がわかれているということがわかった。さらに、ドイツ環境法における他の責任原則(例えば公共負担原則、集団負担原則、被害者負担原則など)との関係では基本的に原因者負担原則が第一に優先されるため、原因者負担原則の一部としての状態責任の優先度も必然的に高いということになる。ただし、状態責任者の責任は原因者のそれとイコールではなく、状態責任を有限化する傾向が強い。したがって、概念上は原因者負担原則の中に状態責任が含まれるという関係性にあっても、実際には状態責任の責任は原因者負担とは別の扱いであるといえる。
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Strategy for Future Research Activity |
まずは、平成27年度の研究により明らかになった内容を論文として公表する。それから、わが国の状況について考察を進める予定である。 そもそもわが国の土壌汚染対策法において汚染原因者よりも土地所有者に責任が偏重していると思われる根拠は、次の点である。すなわち、同法は汚染原因者の汚染除去等の措置実施責任を課するには条文上要件を設け、汚染原因者が費用負担責任を負う場合もその責任は汚染への寄与度を限度としているのに対し、土地所有者の責任は要件もなければ制限もないのである。さらに、アメリカやドイツをはじめ諸外国では善意の土地所有者の責任は一定の条件下で免除または制限されるのが一般的であるのに対し、わが国の土壌汚染対策法においては善意の土地所有者への配慮が皆無である。汚染地の所有者という法的地位のみに基づき、当該汚染について善意無過失であることなどの事情を一切捨象して責任を課する構造は妥当とは言いがたく、原因者負担原則との関係でも説明がつかないものと思われる。 そこで、平成28年度は、改めてわが国における原因者負担原則と土地所有者責任との関係性のあり方に関する考察を進める。その際、わが国における土地所有者責任の概念およびわが国の環境法における原因者負担原則の定義を再確認する。また、土地所有者から原因者への責任追及との関係で、土壌汚染対策法上の求償のみでなく、民法上の不法行為または瑕疵担保責任にも触れることを予定している。平成27年度までの研究により、アメリカのCERCLAにおいては土地所有者責任は汚染者負担原則を補完するものであること、ドイツにおいては概念上原因者負担原則の中に状態責任が含まれるが状態責任を制限する傾向が強いことが明らかとなっている。米独のこれらの状況を踏まえたうえで、最終的にわが国の環境法の責任体系を改善するための一助となりうる結論を導き出すことを目指す。
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