2015 Fiscal Year Annual Research Report
ファッションの成立過程―「古着」の歴史的/重層的ダイナミズムをめぐって
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15J03013
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Research Institution | Hitotsubashi University |
Principal Investigator |
須永 咲 一橋大学, 大学院社会学研究科, 特別研究員(DC2)
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Project Period (FY) |
2015-04-24 – 2017-03-31
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Keywords | 近代ファッション史 / 消費文化 / クリノリン / 労働者階級文化 / 都市空間 / 衣生活 / サーヴァント |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度では、まず、ヴィクトリア朝期の家事使用人の女性たち(以下、サーヴァント)にとって、近代ファッションへの包摂とその両義性がどのような意味をもつのか、「クリノリン」(スカートを膨らませるための下着)という対象に絞って考察した。 大衆消費社会到来の前夜であったヴィクトリア朝中期において、勃興するブルジョア階級の住むロンドン・ウェストエンドの住宅では、多くのサーヴァントがブルジョア階級と生活空間を共有していた。彼女たちサーヴァントは、クリノリンをめぐる一連のファッションのコード―流行にあわせてクリノリン・スタイルを採用し放棄する―を、ブルジョア女性から踏襲していたことについて、当時の大衆雑誌である『パンチ』誌の分析を通して明らかにした。 サーヴァントは、近代ファッションへの「憧れ」という心性を軸に、ブルジョア女性の「模倣」を通して自主的にクリノリンを着用し、後にその放棄をも自主的に行っていた。サーヴァントは、自らに要求される「労働者らしく」という社会的コードを無視して、「おしゃれをするために衣服を着る」というブルジョア階級の女主人の身体的構えを獲得していたのである。すなわち、クリノリンというモノを媒介にすることで、サーヴァントの主体形成が促された側面があり、そこにサーヴァントの「抵抗」を見出し得ることについて考察した。それは、衣服を通して自己表現することの模倣であり、サーヴァントが衣服の「自由」を求めて女主人に対抗してゆく自己表現の契機だったことを意味する。また、サーヴァントの主体形成の過程は、サーヴァントがファッション・システムという近代の大きな営みへと組み込まれてゆく過程でもあった。 こうした分析を通して、衣服というモノ・身体・空間という要因のせめぎあいのなかで、サーヴァントという階級/ジェンダー的主体性をおびた消費文化の成立について、論じた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2015年度は、ヴィクトリア朝期のサーヴァントにみる近代ファッションへの包摂とその両義性がどのような意味をもつのかについて、計画通りに論文にまとめることができた。 特に、「クリノリン」という具体的な対象に着目することで、サーヴァントとファッションの関係性について分析を深めることができた。これまで、クリノリンは1つの流行のスタイルとして、また女性らしい身体を形づくる役割を果たすものとして、捉えられてきた。それに加えて、本研究では、新たな社会的意義を近代ファッション史という歴史的流れの中に位置づけることができたと考えている。 クリノリンについて調査を進めるなかで、ファッションという消費文化の成立が資本主義的経済活動という物的な基盤を持ち、衣服というモノを介した支配的文化と消費する主体の相互作用を伴っていたことの重要性を認識するようになった。そこで、具体的なモノに焦点を当てて研究を進めるため、2015年10月から11月にかけて、英国にて資料調査を行った。まず、ロンドン・ブリューネル大学図書館において、労働者階級の自叙伝の収集を行った。「衣服」に関する記述があると考えられる自叙伝を選抜し、資料収集を行った。次に、ケンブリッジ大学図書館を訪問し、19世紀の女性雑誌“The London and Paris Ladies' Fashion Magazine”の1850年代から1870年代分の閲覧・複写を行った。記事の中には、クリノリンの広告が掲載されており、具体的な衣服に関する資料を発掘・収集することができた。 2015年度では資料調査の次元にとどまったが、今後、階級/ジェンダー的主体性をおびたサーヴァントとファッション(衣生活)の関係性を考察していく土台を形成することができた。
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Strategy for Future Research Activity |
1850年代~1870年代を射程に「古着」を他の衣服形態との関わりの中に位置づけるために、2016年度では、まず衣服(クリノリン等)の大量生産体制の影響を扱った先行研究を検討し、ヴィクトリア朝中期における「古着」の意味を捉えることを試みる。 さらに、国外資料調査も引き続き行う必要がある。未収集の資料の複写・デジタル化を進めるために、引き続きマンチェスター衣装博物館での資料調査を行う。また、最も多くの実物資料を保管しているロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館所蔵の「古着」(特に19世紀中期に流行していたスカートの下にはくクリノリン)を調査することで、労働者階級の女性が衣服とどのように関わったのかを探る。また、同館キュレーターへのインタビューを同時に行うことで、衣服の出自や来歴についてより詳しい情報を入手する。サーヴァントについて階級的ジェンダー的位置付けについてより考察を深める上で、その生活実態を把握する必要があり、サーヴァントの組合運動に関する資料収集も進める予定である。 2015年度の資料収集を通じて、今後の研究で重要となってくると思われたのは、古着市場の検討という新たな研究視角の構築である。現在まで当時の古着市場が残っているところもあり、古着市場という対象にそくしてその動態を長い期間追うことができる。また、様々な人・モノが交差する場であり、古着の歴史的意味を捉えるひとつのアプローチとして検討するために、現地での資料収集も行う。これらの調査により、「古着」を通して労働者階級とファッションとの関わりとして、これまでとは違った知見を描き出すことができると考えている。
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Research Products
(1 results)