2015 Fiscal Year Annual Research Report
Calabi-Yau多様体の保型性予想とその精密化に関する研究
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15J05818
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Research Institution | Keio University |
Principal Investigator |
平川 義之輔 慶應義塾大学, 理工学研究科, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2015-04-24 – 2018-03-31
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Keywords | Calabi-Yau多様体 / 保型形式 / L関数 |
Outline of Annual Research Achievements |
平成27年度は、以下に述べるような条件を満たす保型形式(正確には、有理数係数の楕円Hecke固有新形式)のL関数を、有理数体上に定義されたCalabi-Yau多様体のL関数の因子として幾何学的に実現することに成功した。 保型形式を具体的に構成する方法として、虚2次体のHecke指標という整数論的な対象を用いる方法が古くから知られており、これらはより一般的な保型形式を扱う際の基本的かつ重要な試金石としての役割を果たしてきた。また、保型形式の不変量として「重さ」、虚2次体の不変量として「類数」があり、それぞれが保型形式の解析的性質、あるいは虚2次体の代数的性質を強く反映する基本的な不変量であることが知られている。当該研究では、任意の正整数n、Nに対して、類数hが2冪かつ素数2が惰性的でない虚2次体のHecke指標から構成された重さhN+1の保型形式のL関数を、有理数体上に定義されたhN次元Calabi-Yau多様体のhN次エタールコホモロジーに付随するL関数の因子として幾何学的に実現することに成功した。 その結果、B. MazurとD. van Stratenにより独立に提起された「Calabi-Yau多様体による保型形式の幾何学的実現問題」に対する(無数の)新たな具体例を与えることにも成功した。特に、類数4以上の虚2次体のHecke指標から構成される(重さ5以上の)保型形式に対して与えた具体例は、現在知られている唯一の具体的な族であると思われる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
まず、当初の最大の目的であった、重さ5以上の保型形式の「幾何学的実現問題」の検証に関しては、当該研究で構成されたCalabi-Yau多様体の特殊性を利用することで、当初の計画以上の成果を得ることができた。より正確には、当該研究で構成されたCalabi-Yau多様体がEnriques曲面の直積の不分岐2次被覆であることを用いて、単独の保型形式のみならず、その2次捻りから得られる族も幾何学的に実現することに成功した。これは、Abel多様体が一般Kummer多様体の分岐2次被覆であるという既存の描像からは観察されたなかった現象であり、整数論的にも代数幾何学的にも興味深いと思われる。 また、楕円曲線のWeil係数制限から構成された有理数体上のCalabi-Yau多様体の楕円保型性を問題にする際、元の楕円曲線が虚数乗法を持つQ-楕円曲線であることが不可欠であることも判明した。これは、虚2次体のHecke指標から構成された保型形式に対する「幾何学的実現問題」の解決に向けた基本的な指針を与えるとともに、それ以外の保型形式に対する「幾何学的実現問題」が高度に非自明であることを示唆している。 さらに、有理的なEnriques対合の取り替えは実現される保型形式には寄与しないことも判明したため、各保型形式ごとに有理的なEnriques対合を見つける、というより明確な課題に取り組み始めた。 以上のように、今年度得られた成果だけを見ると「当初の計画以上に進展している」と言えるが、得られた成果の整理に時間がかかり、論文執筆が若干遅れている。その点を考慮すると、総合的には「おおむね順調に進展している」と言える。
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Strategy for Future Research Activity |
まず、これまでに扱った保型形式は、素数2が惰性的でない虚2次体のHecke指標から構成されるものに限られている。これは、幾何学的実現に用いたCalabi-Yau多様体の構成における技術的な障害であり、将来的には取り除かれることが望ましい。そこで、今後の研究課題の1つ目として、上述の障害を克服し、扱える保型形式のクラスを拡張することがあげられる。その推進方策として、これまでとは異なるEnriques対合、具体的には金銅-向井型のEnriques対合の有効性を検証する予定である。この課題と方策は、整数論的な障害に対して代数幾何学的によく知られた道具がどこまで通用するか、という観点からも興味深い。 また、これまでに扱った保型形式は、本質的には有理数体上のAbel多様体により実現されていたものを、同じ次元のCalabi-Yau多様体に移植したものに過ぎない。一方で、「幾何学的実現問題」に取り組む上では、より小さな次元のCalabi-Yau多様体で実現できるかどうかが本質的である。このような具体例は、本質的にはN. ElkiesとM. Schuettにより構成された楕円K3曲面族しか知られていないが、その構成には技術的な障害が多いため高次元化できる見込みは低い。そこで、今後の研究課題の2つ目として、射影平面の2次被覆による具体例を考察することで、この問題に対する新たな視点を提供することがあげられる。その推進方策として、射影平面の2次被覆により実現される保型形式のレベルと、その分岐因子(特異点を持つ平面6次曲線)に付随するADE格子の判別式との相互関係を考察する予定である。この課題と方策は、単に「幾何学的実現問題」あるいは「Langlands対応」の具体例を与えるだけでなく、その背後で、数学の各分野が素朴な対象を通じて繋がっていることを示唆するという観点からも興味深い。
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