2015 Fiscal Year Annual Research Report
サンスクリット美文学における文法性―インド中世多元的サンスクリット文化の解明―
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15J06976
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
川村 悠人 京都大学, 文学研究科, 特別研究員(SPD)
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Project Period (FY) |
2015-04-24 – 2018-03-31
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Keywords | パーニニ文法学 / サンスクリット宮廷文学 / 美文学 / サンスクリット教育 / 正しい言葉 / 規則例証 / 詩的技巧 / ヴェーダ語 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度の研究課題は次の四点、 1.文法学者パタンジャリ(紀元前2世紀)が『大注釈』中で掲ける文法学学習の主要な5目的を、ナーゲーシャ(17から18世紀)の注釈書『光照』を考慮して再検討すること、2.詩学者バーマハ(7世紀)の『美文の装飾』第六章(文法学の章)を読解し、文法学的観点から宮廷詩人達の言語運用の特質を分析すること、3.宮廷詩人バッティの表現に対して展開される文法家シャラナデーヴァ(12世紀)の諸議論の要点を整理すること、4.本研究に必要な美文学文献の電子テクスト化を完了させること、であった。以下にそれぞれの実施状況を述べる。 1.主要な5目的だけでなく付随的な13目的も含め、文法学学習の18目的全ての再検討を終了した。その成果は、来年度発刊予定の単行本の序論の一部として公表される。 2.『美文の装飾』第六章を構成する32の重要詩節の読解を終え翻訳を作成した。バーマハが文法学に深く関わるものとして言及する詩的技巧〈正しい語形成〉の概念と意義を解明した論考を雑誌論文として公表した。 3.シャラナデーヴァの文法的議論の整理を完了し、そのいくつかを論究した。(1)バッティが文法規則例証の際に参照した今はなき文法学文献の存在を証明する論考を、第16回国際サンスクリット学会にて発表した。この成果は、近日出版される同学会文法学部門の論文集に収録される。(2)サンスクリット語の達人となるには多様なサンスクリット表現を学ぶべきとするバッティの態度が彼の規則例証の背後にあることを示す研究成果を印度学仏教学会第66 回学術大会にて発表し、雑誌論文として公開した。 4.当初の目標であった三つの美文学文献の電子テクスト化を完了した。 文法学と美文学を軸に据えた上記成果は、サンスクリット文化や宮廷文化のみならず、広く学界のサンスクリット研究に貴重な資料を提供するものである。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
本研究が当初の予定以上に進展していると考える理由を、上記研究課題1-4に関連づけて以下に述べる。 1について、次年度の計画であった、文法学学習の13目的の再検討を今年度に終わらせられた。付記すべきは、2016年2月から3月にかけてインドのプネーにて行われたサンスクリット文法学国際研究会に参加して、パーニニ文法学の核であるカーラカ理論に対する理解を格段に深めることができたと同時に、文法学の蘊奥を究めるGeorge Cardona名誉教授(ペンシルヴァニア大学)と、本研究に関わる諸問題について議論する機会を持つことができたことである。 2について、広島大学で開催されたサンスクリット研究会(2015年12月)において、美文学の言語文化に関わるバーマハの議論の一部を参加者達と検討する機会を得られた。 3について、シャラナデーヴァの議論の要点整理だけにとどまらず、来年度の課題であった個々の事例研究にも着手できた。 4について、(1)研究二年目に予定していた、シャラナデーヴァの文法学文献『難解表現の説明』の電子テクスト化も本年度に完了でき、(2)手元になかった重要な諸美文作品の電子テクストをも日々の研究交流の中で入手できた。
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Strategy for Future Research Activity |
バーマハは『美文の装飾』第6章第27詩節において、美文学作品におけるヴェーダ語(サンスクリット語の古形態、古インドアーリア語)使用の是非について論じている。彼によれば、詩人は自身の著作中で理解困難なヴェーダ語を使用してはならない。ここに、「宮廷詩人のヴェーダ語使用」という本研究が当初設定していなかった問題が浮上した。この問題は、サンスクリット宮廷文化における詩人達の言語形態の解明を一つの課題に据える本研究にとって看過し得ない問題である。大詩人カーリダーサ(四世紀から五世紀)を含む宮廷詩人達が時折その作中で古風なヴェーダ語を使用していることから、ヴェーダ語も彼らの言語文化の一面を担うものであったことが高い確度で推測される。バーマハをはじめとする詩学者達の議論並びに詩人達のヴェーダ語使用の考究のためには、当然ながらヴェーダ語を高水準で扱える能力が必要となる。ヴェーダ語の習得には専門的訓練を要するが、幸い、現在所属する京都大学には同語を学べる環境がある。ヴェーダ学という新たな視点が提供されることにより、本研究の更なる進展と深化が期待される。
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