2016 Fiscal Year Annual Research Report
Grammaticality in Sanskrit Poetry: The Clarification of a Pluralistic Sanskrit Culture in the Middle Ages in India
Project/Area Number |
15J06976
|
Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
川村 悠人 京都大学, 文学研究科, 特別研究員(SPD)
|
Project Period (FY) |
2015-04-24 – 2018-03-31
|
Keywords | サンスクリット / サンスクリット文法学 / サンスクリット詩学 / サンスクリット美文学 / 詩 / 詩人 / ヴェーダ語 / 美学 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、(1)サンスクリット文法学伝統における詩的表現の位置づけ、(2)詩学伝統における文法学の地位と文法性の位置づけ、(3)実際の美文作品に見る文法学の地位と文法性の位置づけという三視点から、サンスクリット文化における文法性と詩表現の相互関係を考察しようとするものである。以下、それぞれの視点に関わる研究実施状況を述べる。 (1)文法家シャラナデーヴァは、古典期の詩人達によるヴェーダ語使用を正当化すべく「ヴェーダ語であってもある場合には非ヴェーダ語の領域で使用される」という原則を持ち出す。彼がこの原則を文法家パーニニの語法から導出する理論と背景を明らかにした。このような原則の定式化は、古風なヴェーダ語形が古典期の詩人達の語彙中に相当数入り込んでおり、彼らが規則に反してそれら特殊語形を多用していたことを示す。 (2)-1 詩的技巧と文法性の連関を論じる詩学者ダンディンの詩節を検討し、いくら詩的技巧をこらしても、文が文法性を欠いているならばそれら諸技巧は美的な味わいをもたらさないとする彼の考えを明らかにした。このことは、文法性を詩文の急所と見なす西北インドの詩学者たちの考えが、南インドで活躍したダンディンにも通底するものであることを示す。(2)-2 詩論家バーマハが宣言する「詩人は『ヴェーダ語に準ずる』という原則に依拠してヴェーダ語を使用してならない」という言葉の意味とその思想的背景を闡明した。バーマハは大文法家パタンジャリの論説の流れに忠実に従い、美文作品の領域、すなわち非ヴェーダ語の領域でのヴェーダ語使用を固く禁じている。 (3)バッティが文法学部門において規則例証のみに専心しているわけではなく、主に音の効果に関わる種々の文学技巧をしばしば規則例証表現の中に織り交ぜていることを明らかにした。彼のこのような詩的戦略はこれまで看過されてきたものである。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
昨年度と今年度、掲載許可が出ているものも合わせると、日本語論文6本、英語論文7本を研究成果として発信することができた。加えて、国際学会での英語による発表や国際研究会への参加を精力的に行い、世界水準の研究者との知的交流、情報交換を行った結果、本研究の精度は飛躍的に高まった。今年度より導入した新たな視点、すなわち「宮廷詩人のヴェーダ語使用」の考察も、本研究の深化につながった。この点に関し、美文学領域におけるヴェーダ語使用の問題を論じる、文法学者と詩学者の理論を扱う英語論文を2本書き上げたことを記しておく(うち1本は来年度に刊行予定)。さらには今年度、本研究が設定するすべての視点を包摂する研究書『バッティの美文詩研究ーサンスクリット宮廷文学とパーニニ文法学ー』(約30頁に及ぶ英文要旨を含む)を出版できたことは、本研究の極めて重要な研究成果として特記に値しよう。 以上より、これまでのところ、申請書に記した計画に従って本研究は順調に進行していると判断できる。今後も学会発表、学術論文刊行、研究会参加、学際的交流を積極的に行い、本研究の更なる進展を目指したい。
|
Strategy for Future Research Activity |
サンスクリット文化における文法性と詩表現の相互関係を考察するために、本研究は(1)文法学者の視点、(2)詩学者の視点、(3)詩人の視点という三視点から多角的に問題に取り組む方策を立てた。 (1)については、詩人の言語使用について文法学的観点から多様な議論が展開される文法学文献『難解表現注解』(12世紀頃)を、(2)については詩人たちの言語慣習について詩学的観点からの豊富な議論を収録する詩学文献『美文装飾』(7世紀頃)と『美文装飾の手引き』(8世紀頃)を、研究の軸に据えた。(3)については、宮廷文化の中で生きる王子のサンスクリット教科書として著された美文学作品『バッティの美文詩』(6から7世紀頃)に着目した。ラーマ物語を美文調で描きつつパーニニの文法規則を例証することを企図する同作品は、パーニニ文法学の伝統に対する宮廷詩人たちの態度や美文学における文法学の位置づけ、さらには宮廷文化におけるサンスクリットの有り様を探るための第一級の資料である。また同作品は、パーニニ文法が宮廷詩人たちにどのように扱われ、その知識が彼らの詩表現にどのような形で反映されるかという問題を検討することも可能とする。以上の三視点が研究のあらゆる場面で有機的に連関し波状効果をもたらすことで、これまでにない革新的な成果をあげることが多いに期待された。 これまでの二年間で上記(1)、(2)の『美文装飾』、(3)に関しては多くの研究成果を上げることができたが、(2)の『美文装飾の手引き』に関しては、その難解さもあり、ほとんど手をつけられていない状況にある。29年度は当該文献の読解と分析を集中的に行い、その内容をこれまでの研究成果と比較検討することで、サンスクリット学における新たな視点と視座を得たい。
|