2015 Fiscal Year Annual Research Report
地域語りの現在と歴史経験―旧炭鉱地域における「語り部」生成の民俗学
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15J07759
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
川松 あかり 東京大学, 総合文化研究科, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2015-04-24 – 2018-03-31
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Keywords | 語り / 記憶 / 継承 / 語り部 / 語り継ぎ / 産炭地 / 遺産 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度の研究目的は、現在日本社会において重要性を増している「語り部」と呼ばれる人びとや、それに類似する活動を行う人々の、語りや個人的経験、そしてその生成背景について、現地調査で収集するデータを分析・考察していくための方法的・理論的枠組みを構築することであった。 本年度の主たる調査となったのは、7月下旬から8月にかけて福岡県筑豊地域において行ったフィールドワークである。11月、2月にも短期的な調査を行った。調査の具体的内容とその成果・意義は、以下のとおりである。 1、積極的に炭鉱についての語り活動を行ってきた人物の語りの様子を録音・ビデオ撮影して分析した。この成果は、日本民俗学会第67回年会において発表し、「語り部」の語りの構造を分析する枠組みを提示することができた。 2、炭鉱が「近代化産業遺産」として注目されるようになった現在の筑豊における市民の様々な活動について参与観察を行った。この成果は、第14回九州人類学研究会オータム・セミナーにおいて、隣接分野の研究者と共に発表する機会を得て、「世界遺産」という枠組みを通して筑豊における現象を分析する視点を整理することができた。 3、年間を通した調査を通じて、炭鉱をめぐっては、各自治体ごとに実践の在り方が特徴的に異なっていること、その一方で、自治体区分や特定の問題領域を超えて広がる実践の幅広いネットワークが存在する事が明らかになった。さらに、元炭鉱労働者や地域住民個々人の語りの中には、しばしば炭鉱を語り継ごうと活動する市民たちが作り上げる語りの枠組みの中にはおさまらないような複雑性が共存していることも明らかになった。 本年度は、現地調査とその成果の学会・研究会における発表を通して、フィールドにおいて起っている多様な現象をとらえる視点を複数構築することができた。この視点を基盤として、2年度目には本格的な長期フィールドワークを行う予定である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
申請時には、本年度は主として文献調査による方法的・理論的枠組みの構築を中心として研究を進める予定であった。しかし、2年度目における本格的なフィールドワークに向けて、調査地概要の把握と人間関係づくりに努める必要性が高いと判断し、現地調査の比重を高くしたため、文献調査を通した論文執筆に関しては進展が比較的少なかった。一方で、本年度の現地調査により得たデータについては、2回の学会・研究会における発表作業を通じて分析・考察を行ってきたため、本年度の目標であった方法的・理論的枠組みについての研究は、予定通り進展させる事ができたといえる。文献調査を通した理論構築という当初の計画とは異なる形になったが、むしろ現地調査のデータを踏まえて実践的な分析枠組みを築くことができた。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究課題の2年目となる2016年度は、年間を通して福岡県筑豊地域におけるフィールドワークを実施する。ここでは、炭鉱をめぐって地域内で実施されている様々な活動の参与観察をすると同時に、個々の実践者に対してライフストーリーの聞き書き調査を行う。研究遂行においては、以下の3点について研究計画を変更する。 (1)学会での口頭発表・ドイツへの渡航計画を変更し、昨年度達成できなかった研究成果の論文化と学会誌への投稿、および調査地での調査に集中して、研究の遂行を目指す。 (2)当初研究対象としていた「語り部」のみにとらわれず、地域において炭鉱を語り継ぐ実践を行ってきた多様な市民の活動を対象として調査を行う。特に、地域文化の発信やまちおこし等最近新しく始まった市民の活動や、学校および社会教育活動において長年炭鉱を取り上げてきた人々の活動を重視し、炭鉱を語り継いできた主体を幅広く取り上げることとする。さらに、炭鉱を直接経験した世代に対する聞き取りも積極的に行い、以上の市民活動における語りの在り方と比較する。 (3)フィールドワークにおいては、当初計画していた一般住民へのインタビュー調査は実施しないこととする。これは、個別のインタビューの場では日常生活の中でどのような瞬間に地域住民たちに炭鉱の過去が意識されるのかを明らかにできないためである。1年目の調査で築くことのできた地域住民との付き合いをいかし、地域におけるまちおこし・観光・教育活動や、日々の生活現場に調査者自身が身をおく中で、自然と炭鉱をめぐる語りが立ち上がってくる瞬間を捉えることとする。
最終年度である2017年度には、これまでフィールドで得たデータを整理し、適宜追加調査を行いながら、筑豊地域における炭鉱の語り継ぎの現状を整理し、「語り部」及びそれに付随するような住民活動の生成の在り方に関する論文を執筆する。これを学会で発表し、本研究のまとめを行う。
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