2015 Fiscal Year Annual Research Report
戦争体験に関する文化史的研究―少国民世代の学童疎開を中心に
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15J10374
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Research Institution | Nagoya University |
Principal Investigator |
李 承俊 名古屋大学, 文学研究科, 特別研究員(DC2)
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Project Period (FY) |
2015-04-24 – 2017-03-31
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Keywords | 疎開 / 少国民 / アジア・太平洋戦争 / 総力戦体制 / 内向の世代 / 都市と農村 |
Outline of Annual Research Achievements |
<学童疎開の文化史的研究を達成する>に関して、方法論として「学際的(inter-diciplinary)研究」を導入した。具体的に言えば、疎開体験者における「語りにくさ」の問題が指摘されているが、資料・史料の語りを、文学研究におけるテキスト分析論を通じて考察すること、それと同時に文学テキスト分析を通じて資料・史料の空白を埋めることが必要である点を立体的に示した。 <戦争と少国民の関係を分析する>に関して、少国民が学童集団疎開への参加を通じて戦争状況に巻き込まれていく様相を、戦時期イデオロギーへの編入過程として分析した。具体的に言えば、第一、当時のメディアで流布されていた少国民や学童集団疎開関連言説を調査した。第二、戦時期「七生報国」精神の思想化を試みた柳田国男『先祖の話』(1946)を分析した。その結果、学童集団疎開には「七生報国」で象徴されるような、死を否定しない戦争遂行イデオロギーが働いていたことを論証した。 <「疎開文学」概念の具体化を目指し、文学研究に着手する>に関して、第一、建物疎開・縁故疎開など様々な疎開のケースが取り上げられている、石川達三『暗い嘆きの谷』(1949)の分析に着手した。作者は、都市と農村間の深化した葛藤を浮き彫りにさせた疎開を題材とすることで、戦争に非協力的な農村を取り上げ、戦争末期に分裂されていた社会内部を問題視している、という点を明らかにした。第二、太宰治の「十五年間」(1946)、「やんぬる哉」(1946)を取り上げ、太宰治の見た疎開というものがいかなる問題を提出しているのかを明らかにした。そこで描かれている疎開は、一見都市と農村の葛藤の局面を強調しているようである。語り手にとってはいずれへの批判も自己批判になりかねないもので、それは「津軽人」でありながら「疎開人」でもある作者の、不安定な立ち位置に起因するということを明らかにし、疎開体験の「語りにくさ」の質を具体的に立証した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
人員疎開を国家政策として実施したのが学童集団疎開であるが、そもそも疎開とはいかなるものであったかという問いに答えられなければ、学童集団疎開の意義や影響の分析にはいたりかねると判断した。よって、疎開という言葉の語源や、疎開政策の考案・実施過程を調査した。調査結果、疎開政策樹立過程において重要視されたのは、総力戦体制における戦時経済を維持するために工場を地方へ移転する建物疎開で、このような工場の移転に伴う労働力の移住としてあわせて検討されたのが人員疎開である点が明らかとなった。直接戦闘行為に携わったわけではない以上、学童集団疎開を戦争体験として論じて良いかどうかという疑問に対して、歴史学における民衆史的なアプローチと連動する形で、銃後の子供の戦争体験としての学童集団疎開を論じる正当性が論理的に立証されたと言える。 なお、以上のことと関連してであるが、子供の戦争体験としての学童集団疎開を考察対象としていた当初の計画から、戦時期の急激で大規模の人口移動としての人員疎開、という大きなフレイムが設定された。その中で、国家政策として立案・推進された学童集団疎開を中心に研究を行う、という小さなフレイムが自然に設定された。このような論理的フレイムの整備により、本研究における整合性・論理性が一目瞭然となった。なお、次の研究課題への論理的な移行が可能となった。今後、以上のような新たな発見を積極的に反映し、より独創的な研究を行うつもりである。
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Strategy for Future Research Activity |
第一、<現在までの進捗状況>と関連させる形で、戦争体験としての疎開、という点を一層積極的に強調する。現代の戦争社会学研究において総力戦に関する研究はその比重を増しつつあるが、そこで強調されているのは、現代のテロに備えるもために恒常的な戦闘防備を強要する「リスク社会」の根源が、第二次世界大戦の総力戦体制から見出される、ということである。つまり、総力戦体制に関する研究は、戦争に関する様々な研究課題の中で、現代の問題と最も密接につながっているものなのである。たとえば、世界各地の難民の問題は、罹災した家族の疎開との比較が可能である。以上のように、文化史的研究を達成するための学際的研究にふさわしく、戦争社会学における総力戦研究を貪欲的に吸収し、本研究において積極的に活用する。 第二、1960年代~1970年代文学研究へ貢献できるものとして研究を進める。戦後文学を論じる上で、「第三の新人」に続く「内向の世代」に関してよく言及はされているものの、実のところ未だ本格的な研究がなされているとは言い難い。しかし、本研究課題において分析対象としている黒井千次、高井有一は、「内向の世代」を代表する作家である。これらの作家の文学作品を、学童疎開を入り口に分析していくとこで、彼らにおける疑われる自我という問題をどう考えるか、という問いをめぐって難渋している「内向の世代」研究に貢献できると考える。さらには、学童集団疎開体験者でありながら、疑われる自我というテーゼーを共有している他の作家、たとえば吉原幸子研究へも貢献できるものである。最終的には1960年代~1970年代日本近現代文学を考察する上で、重要な示唆点を提供できるように推進する。
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Research Products
(4 results)