2018 Fiscal Year Annual Research Report
中上健次「紀州サーガ」における「土地」と「差別」に関する研究
Project/Area Number |
17J00506
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Research Institution | Kobe University |
Principal Investigator |
松田 樹 神戸大学, 人文学研究科, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2017-04-26 – 2020-03-31
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Keywords | 中上健次 / 戦後文学 / 差別・被差別 / 土地・地域 / 古典と現代小説 / 穢れ / 「女たちの物語」 / サブカルチャー |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、作家の活躍した一九六〇年代後半から九〇年代にかけての言説の動向を参照しながら、紀州熊野の地理的特性と部落差別をめぐる歴史的・社会的な背景の下に中上健次の小説世界を分析することである。 今年度は、前年度までの研究成果を引き継ぎ、以下に挙げる二つの方向性から「紀州サーガ」と呼ばれる中上の小説世界の分析を進めた。 第一に、都会の青年を題材にした初期から古典や民間伝承に範を取った中期へと至る、中上の作品史の転換の内実を検証することである。先行研究では、彼の小説は概ね七〇年代末から八〇年代初頭の中期作品に焦点が当てられ、そうした主要作品とデビュー直後の初期作品との連続性はほとんど看過されてきた。そこで執筆者は本年度、前年度の学会発表の成果をもとに、中上の初期から中期への転換点に目される『化粧』という連作短篇集に関する論文を執筆した。この論考は、先行研究で等閑視されてきた中上の初期から中期への転換や同時代言説との対応性を明るみに出すのみならず、「土地」と「差別」という観点から中上の小説世界を捉え直そうとする本研究の核心を形作るものである。 第二に、中上に関する研究はこれまで芥川賞受賞作の「岬」に始まる「秋幸三部作」や『千年の愉楽』など「路地」と呼ばれる故郷の被差別部落を舞台にした小説に焦点を当ててきたが、執筆者は本年度、そうした視角からこぼれ落ちる彼の作品史の再検討を試みた。具体的には、中上の作品史においてはやや異例にも女性を主人公に据えた長篇小説『鳳仙花』、そして晩年の作家がサブカルチャーの領域へと接近していたことを示す『異族』や『南回帰船』が分析の対象となった。本年度は学会発表の場で、こうした先行研究において軽視されてきた作品群を作家の中心的なテーマやその時代性の下に読み込むことを通じて、中上の創作活動を総合的に見通す視座を構築する作業を進めた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
今年度の研究は、おおむね順調に進展していると言える。 その理由は、前年度までの研究成果を引き継ぎ、中上の作品史における転換点や従来の研究では等閑視されてきた彼の作品群を「土地」と「差別」というテーマの下に捉え直すことができたと考えられるからである。さらにその上で、先行研究では注目されることの少ない中上作品を分析の対象に取り上げ、それらの作品群では作家の主要テーマに付随して女性主人公という試みや戦時下の時代設定、あるいはマンガ原作など新たな実践が行われていることも指摘した。以上の知見は、これまで断片的に理解されてきた中上の創作活動を総合的に把握することを可能にするとともに、従来の作家像を刷新する起点になり得るだろう。また、その成果は、一本の論文と二度の学会発表を通じて公表することができた。具体的には、『文学・語学』(査読付、投稿済、掲載未定)に『化粧』論を投稿し、全国規模の日本文学関連学会にて『鳳仙花』に関する口頭発表を、所属大学のシンポジウムにて『異族』・『南回帰船』に関する口頭発表を行なった。ただし、論文の形での成果公表がやや遅れているため、次年度は異なる中上作品の分析を行うとともに、本年度の研究成果を活字化することに取り組みたい。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の研究の課題としては、主に以下の二つの点が挙げられる。 第一に、博士論文提出に向けて、上述の通り本年度に学会発表を終えた内容を活字化し、それを適宜学会誌に投稿することである。第二に、『化粧』論においてすでに中上にとって「差別」の問題が熊野という「土地」や古典の受容と切り離せないことを明らかにしたが、その見解を踏まえて中上の「差別」へのアプローチが同時代の部落問題に対する現状分析や他の作家による取り組みとどのように異なっているのかを明らかにすることである。これによって、部落問題と日本近現代文学との歴史的な関係性のなかで中上の作品を捉え直すとともに、改めてこの作家の創作活動のオリジナリティを把握することができると考えられる。中上健次という作家に留まらず、その背景にある歴史的・社会的なコンテクストにも目を向けることで、今後の研究の拡大に向けた新たな見通しを開きたい。
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