Outline of Annual Research Achievements |
本研究は,障害のある子どもを持つ親たちの集団的学習実践が,障害のある人々の地域における自立にいかなる影響を与えてきたのかを明らかにすることを目的とする。 障害者の地域での自立を実現する方途として,教育学を中心に近年注目を集めているのが,障害のある子どもとそうでない子どもが共に学ぶ「インクルーシブ教育」システムである。本年度は,インクルーシブ教育システムの構築過程に焦点を当てつつ,同システムの導入に至るまでの間に,親たちが取り組んできた学習活動の内容と,親の意識・行動の変容,障害のある子どもの地域参加・自立生活への影響を検討した。 具体的には,インクルーシブ教育の先進地として知られるイギリス・ロンドンのニューアム地区を中心にフィールド調査を行い,インクルーシブ教育制度の導入に関わった親の団体参加者等に対して聞き取り調査を実施し,学習実践が生まれた背景やその影響を分析した。さらに必要に応じて,当時の政策文書や親の手記を収集・分析した。 実地調査と文献調査を通して,主に以下の3点を明らかにした。①イギリスでは,障害のある子どもを持つ親の学校選択権などを強化した「1981年教育法」をメルクマールとして,障害のある子どもを持つ親たちの団体活動や議論が活性化した,②1980年代以降に結成された親の団体の参加者が,障害のある当事者(成人)とのネットワークを構築しつつ,特別学校への就学という「社会的な隔離」に対する課題意識を当事者と共有し,インクルーシブな学校づくりのための条件整備を促していった,③親と当事者,学校,地方教育行政がパートナーシップを構築しながら制度改革を行ったニューアム地区の実践蓄積が,1990年代末の労働党政権におけるインクルーシブ教育のモデルケースとなっていたことである。こうした制度改革が,障害のある子どもの地域における就学,社会参加を促していたことが明らかになった。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本年度は2回にわたる実地調査を行い,親の団体参加者や当事者団体の参加者など,約5名に聞き取り調査を行うことができた。イギリスでの調査結果については,すでに関連学会等で日本語と英語による発表を実施し,8月に学会誌に掲載される予定である。なお,現地調査の際には,ロンドン大学の研究者とともに2回にわたって研究討議を実施し,自身の研究内容について英語で発表を行い,研究上のアドバイスをいただくことができた。 こうしたイギリスでの調査と並行して,本年度は,修士課程で研究を行ってきた日本の知的障害児の不就学問題を解決する主体としての親の形成過程について明らかにした論文を,日本社会教育学会の学会誌に投稿した。本論文については,採択が決定している。 このように,本年度は,イギリスにおける調査を複数回にわたって行い,必要な情報を収集しつつ聞き取り調査を実施すること,日本における親の運動と不就学問題の解決過程への影響を検討することができた。したがって,おおむね順調に研究が進展しているといえるだろう。
|
Strategy for Future Research Activity |
今後は次の2つの方策をとりつつ,研究を推進していきたいと考えている。 障害のある人々の地域での自立,特に家族からの自立が深刻な課題になるのは,成人期にかけてであろう。しかしながらその時期は,教育行政との関わりが少なくなってしまう時期にも重なる。したがって,①イギリスでは,障害のある子ども・若者を抱える親が,地域での自立を支える主体になる際に,教育・福祉行政がいかなる関わりを行っているのかを考究する必要があると考える。また,②成人期における教育実践にも焦点を当てつつ,成人教育機関と親の団体の関わりについて,調査を行う必要があるだろう。この点について,現在,ロンドンで1980年代から2000年代にかけて,知的障害のある成人に対する教育実践に取り組んできた職員への聞き取り調査を実施しているところである。今後は,関連学会発表を行い,論文として公表する。さらに③障害のある子どもと親,双方の自立を促す学習実践について,理論的検討を進めていきたいと考えている。
|