2017 Fiscal Year Annual Research Report
"Hebrew Republic" in the Context of the Early Modern Debates on Church-State Relationship
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17J08870
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
稲垣 健太郎 東京大学, 総合文化研究科, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2017-04-26 – 2020-03-31
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Keywords | ヘブライ人の共和国 / 聖書解釈・翻訳 / 東洋学 / 英蘭関係 / フーゴー・グロティウス / ジョン・セルデン / トマス・エラストゥス |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の大きな目的は、16・17世紀の政治思想において聖書解釈がいかなる意義を有するのかを論じることである。従来の思想史研究は、初期近世を世俗化の時代として捉えてきた。しかし初期近世に国家と教会の関係や教会内部のヒエラルキーを巡る鋭い諸論争が生じ、論者たちが聖書を論証の導きとしたことに鑑みると、改めて初期近世における聖書解釈の意義を問う必要があるように思われる。 以上の問題意識の下、本研究は、16・17世紀の論者たちが聖書中の「ヘブライ人の共和国」における聖俗の関係や裁判制度をいかに解釈したのかを、聖書章句の解釈及び引用の異同に着目しながら明らかにすることを目指す。その際本研究は、フーゴー・グロティウス(1583-1645)ら17世紀初頭のオランダの論者たちとジョン・セルデン(1584-1654)ら17世紀半ばのイングランドの論者たちの「ヘブライ人の共和国」解釈を議論の機軸としつつ、彼らに影響を与えたと思われるトマス・エラストゥス(1524-1583)ら16世紀後半のスイス改革派教会の論者の「ヘブライ人の共和国」解釈を検討する。 平成29年度は、エラストゥスら16世紀後半の改革派教会の論者、並びに17世紀初頭のオランダの論者による「ヘブライ人の共和国」解釈とその国家・教会関係論への援用を論究した。その結果として、1. スイス改革派教会の内部において「ヘブライ人の共和国」の聖俗関係が別様に解釈されていること 2. オランダの論者たちが「ヘブライ人の共和国」の指導者がまさに為政者として宗教的事項を管轄したのか、預言者として宗教的事項を管轄したのか、という指導者の資格の問題を巡って相異なる聖書解釈を示していることが明らかになった。さらに、3. 以上の「ヘブライ人の共和国」解釈を巡る争点が17世紀半ばのイングランドにおいても浮上した、という見通しを得ることができた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
平成29年度は、(1)16世紀後半の改革派教会の論者たちと(2)17世紀初頭のオランダの論者たちの「ヘブライ人の共和国」解釈を検討し、それぞれドイツ語の論文と日本語の論文を発表した。 (1)につき申請者は、エラストゥスとテオドール・ド・ベーズの間で交わされた破門を端緒とする論争に注目し、改革派教会の内部において「ヘブライ人の共和国」の聖俗関係が別様に解釈されていることを明らかにした。一方のエラストゥスは「ヘブライ人の共和国」において対宗教権限がモーセやヨシュアら為政者に帰されていた、という解釈を示す。他方でド・ベーズは、霊的事項が世俗的事項から常に区別されており、霊的事項の管轄権はアロン以来、祭司に排他的に委ねられてきたと主張する。加えて彼は、モーセとヨシュアの支配時代に始まり、士師時代、王国時代に至るまで、「ヘブライ人の共和国」が為政者と祭司の二頭(biceps)の統治下にあった、という解釈を示す。 (2)につき申請者は、国家と教会の関係を巡るレモンストラント論争に関与した論者の著作を分析の対象とした。グロティウスと親しい立場にあったペトルス・クナエウス(1588-1638)の『ヘブライ人の共和国』(1617)をレモンストラント論争の文脈に即して分析する中で、以下の仮説を得ることができた。即ち、同論争において、「ヘブライ人の共和国」の指導者が為政者として宗教的事項を管轄したのか、預言者として宗教的事項を管轄したのか、という為政者の資格の問題を巡って相異なる聖書解釈が提出された、という仮説である。さらに参照される聖書章句の異同から、この争点は16世紀後半の改革派教会における論争を一定程度引き継ぐものである、という見通しを得た。 以上のように、博士論文の中核となる論者たちの議論と聖書解釈を分析・比較し、論文の形で発表することができた点で、報告者は概ね順調に進展していると評価する。
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Strategy for Future Research Activity |
【現在までの進捗状況】において述べたように、平成29年度は16世紀後半の改革派教会の論者たちと17世紀初頭のオランダの論者たちの「ヘブライ人の共和国」解釈を検討し、それぞれの時代、地域の論者たちが有した問題意識を導出することを試みた。 今年度は、上述の論稿から導かれた以下の課題に注力する。即ち、1. 16世紀後半のエラストゥスとド・ベーズ聖書解釈を巡る対立点は、後のオランダやイングランドにおいてどの程度まで反復されたのか、2. 宗教的事項を管轄する為政者の資格の問題が17世紀半ばイングランドにおいても争われたのか、3. 16世紀後半から17世紀半ばにかけての論者間のテクストの受容関係、の三点が今後の研究の主要課題となる。 以上の課題を遂行する際に、今後の研究はイングランドの法学者・東洋学者ジョン・セルデンを機軸とする。エラストゥスとグロティウスの国家・教会関係論を受容し、他方でヘブライ語やアラビア語を始めとする東洋語研究を通じて、「ヘブライ人の共和国」解釈を目指したセルデンは、本研究の重要な対象である。本研究はセルデンの著作のうち、「ヘブライ人の共和国」における聖俗関係を論じた『サンヘドリン及び古代ヘブライ人の司法権威』(1650-1655)を主題的に検討する。 今後の研究は、G. トゥーマーの浩瀚なJohn Selden (2009)を参照しつつ、セルデンが自身の対抗者と看做したウェストミンスター神学者会議に参加した神学者たちの著作の特定、並びに対立点の確認を進める(上記1)。その上で、『サンヘドリン及び古代ヘブライ人の司法権威』が「ヘブライ人の共和国」における宗教的事項を管轄する為政者の資格の問題を検討しているか(上記2)を論じる。また、「ヘブライ人の共和国」における聖俗関係を扱う文脈においてセルデンが参照するテクスト、聖書諸翻訳、東洋語文献を特定する(上記3)。
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Research Products
(5 results)