2017 Fiscal Year Annual Research Report
The techniques of early European oil paintings in the case of medieval Norwegian altar decorations
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17J10166
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Research Institution | Tokyo National University of Fine Arts and Music |
Principal Investigator |
高橋 香里 東京藝術大学, 美術研究科, 特別研究員(DC2)
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Project Period (FY) |
2017-04-26 – 2019-03-31
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Keywords | 初期油彩技法 / ノルウェー / 中世後期 / 材料学 / 油絵具 / 鉛白 / 視覚的効果 / フランドル絵画 |
Outline of Annual Research Achievements |
中世後期にあたる13世紀半ばから14世紀半ばに制作されたノルウェーの祭壇画群を研究対象とし、使用された技法・材料に関する研究を行った。ノルウェーの祭壇画には、地塗りと油絵具の間に鉛白の層を持つ、特殊な構造を持つものがある。鉛白層が採用されている箇所は部分的であるため、絵具の種類によって鉛白層の有無を決定していたと仮説を立てた。この仮説を立証するために、鉛白層を持つ下地の視覚的効果を、光学的・科学的手法により検証を行った。その結果、鉛白層の上には、透明色の絵具が多用されていることが判明した。透明色とは油を透過する光の作用によって下地と顔料が同時に見える色を指し、不透明色に比べ下地の影響を受けやすい。再現実験によると、鉛白層なしの下地に透明油絵具を塗布した場合、下地が油を吸収し、鈍く不透明な色になった。鉛白層ありの下地に透明油絵具を塗布した場合は、塗膜効果によって油の吸収を抑え、より艶と透明感を持つ画面になることが実証された。これにより、鉛白層は油絵具の発色をよくするために採用されたと推察し、当時のノルウェーでは、油絵具の性質を理解し、その特徴を視覚的に活かす工夫が行われていたことがわかった。本研究により、15世紀の初期フランドル絵画と13世紀半ばのノルウェー祭壇画は、図像や様式から、絵画技術においても大きく乖離していると考えられていたが、材料学の視点から考察することで、13世紀半ばのノルウェーにおいても、すでに油彩技法確立へのプロセスを踏んでいることが示唆された。 微量の鉛を混ぜた乾性油の使用がされている可能性を予測し、油絵具の乾性油に含まれる鉛の成分を検出することを計画していたが、ノルウェーの祭壇画に特徴的な下地の構造に着目し、視覚的効果に特化して検証を行ったことで、西洋初期油彩技法の技法・材料の一端を明らかにするという目標に対して着実な成果を導き出すことができたと考える。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2017年6月にノルウェーに赴き、現地研究機関にて研究者との打ち合わせ、資料の収集を行なった。我が国にノルウェーの中世美術の専門家が非常に少ない中、現地の最新の研究状況のヒアリングができたこと、中世ノルウェーの技法・材料研究を牽引する研究者から、研究内容について具体的な指導を受けることができたことは大変貴重な機会であった。オスロ大学歴史博物館では、ノルウェーの中世美術の科学調査を牽引する複数の研究者と面会し、同博物館が所蔵する中世後期ノルウェー祭壇画の詳細な画像および科学調査の分析データの提供を受けた。 当初計画していた油絵具の乾性油に含まれる鉛の成分を検出は、サンプルの採取が不可避であることがわかった。予備実験として、熱した乾性油に少量の鉛の粒を混入したものを塗布したテストピースを作成し、想定される分析方法による検出を試みた結果、鉛が微量であり、かつ、乾性油中の鉛の状態によって検出可能な方法が異なるため、複数のサンプルを採取した上で分析を行う必要があることがわかった。現時点では、サンプルの採取を行わず、中世ノルウェーに特徴的な油彩画の構造に着目し、光学的・材料学的な調査・分析方法に焦点を当てることにした。現地研究機関より提供された高精細画像、顕微写真、分析データ及び自身で作成したテストピースを使用して、下記の調査方法で鉛白層を持つ下地の視覚的効果について検証を行った。(1)X線透過写真と断層面の観察、蛍光X線による分析から、鉛白層が採用されている箇所の特定を試みた。(2)鉛白層が採用されている箇所の上に塗られている油絵具の特徴を明らかにした。(3)テストピースを作成し、分光器を用いて油絵具の明度と彩度を比較した。この検証により、油彩技法の確立の要素とされている艶と透明感を体現する技術に関して、13世紀半ばのノルウェーにおいて既に試行錯誤されていたことを示すことができた。
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Strategy for Future Research Activity |
本年度の研究により、油彩技法の確立の要素とされている艶と透明感を体現する技術に関して、15世紀のフランドルよりはるか以前の13世紀半ばのノルウェーにおいて既に試行錯誤されていたことが示された。ノルウェー祭壇画群は、現存する西洋の油彩画としては最も古い作例に位置付けられるため、それに至るまでの過程を考察するために、作品の科学調査に加え、中世のアルプス以北で書かれた技法書に関する文献調査を行う必要がある。 中世後期の北欧の絵画技法・材料との関わりが予想されるテオフィルスの技法書"De Diversis Artibus"(10世紀から11世紀)と"Mappae Clavicula"(10世紀前後)を中心に、記載されている処方・材料を、材料学的視点から詳細に検討していく。記載された処方に基づく再現実験を行い、実際の作品にどのように実践されているのか考察を行う。実際の作品に採用されている技法・材料と比較検討するため、現地の研究機関に協力を要請する所存である。 特に"Mappae Clavicula"は、日本語訳は発表されておらず、日本における研究が十分に行われてきたとは言い難い。画家としての経験的な視点に加え、材料の科学的な特性に基づいた理論的な視点があることが、技法史を考察する上で非常に重要な点であると考えるが、西洋の先行研究においても、材料や工程については不明瞭な点が多い。技法・材料学的考察を加えた検証を行い、13世紀半ばのノルウェーの祭壇画に採用された油彩技法に至るまでの試行錯誤の歴史の一端を明らかにしたい。 西洋における油彩技法の発祥は北欧とされている。絵画技法の先進地域であったノルウェーを含む北欧地域が、最先端の技法を採用していた可能性は高い。技法書に処方がどのように流布し汎用されていたのか、北欧の作品を通じて検証し、油彩技法の成立史を解き明かす一要素としたい。
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Research Products
(1 results)