2019 Fiscal Year Annual Research Report
ベートーヴェンの室内楽様式再考。同時代音楽との関連と音楽史におけるその意義
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18J00328
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Research Institution | Tokyo National University of Fine Arts and Music |
Principal Investigator |
丸山 瑶子 東京藝術大学, 音楽学部楽理科, 特別研究員(PD)
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Project Period (FY) |
2018-04-25 – 2021-03-31
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Keywords | ピアノ三重奏曲の弦楽器書法 / 室内楽における音響構成 / ベートーヴェンと同時代人の類似性 / ボン宮廷楽団 / 弦楽器書法 / 19世紀室内楽書法 |
Outline of Annual Research Achievements |
資料収集:本年度は予定通り、海外出張を通し初年度に未収集だった作品や新たに加わった対象の資料収集(文献・楽譜)を進めた。その際、訪問機関にて日本で入手不可の文献資料などから新たな知見も得られ、今後の研究の方針を決定する材料にもなった(後述)。 音楽分析:予定通り管楽器のための室内楽を分析した結果、ベートーヴェンと活動範囲の被る作曲家の作品にベートーヴェンと類似の書法が確認された。ここから、ベートーヴェンが少なくとも当時のヴィーンで慣用されたイディオムに注意しつつ創作を行っていた可能性は高い。加えてベートーヴェンの管弦楽七重奏曲作品20変ホ長調については、同じ調のP. ヴラニツキの管弦楽六重奏曲に、形式や音響構成、動機音形などベートーヴェンと複数の類似点が見られた。以上から、昨年の見通し通り、ベートーヴェンの作品とは編成が多少異なる作品との比較分析を継続する重要性が確認された。 ピアノを含む室内楽作品では、特にピアノ三重奏曲に関して以下の分析成果が得られた。第一にベートーヴェンの初期から中期の作品間で、ピアノ三重奏曲のチェロとヴァイオリンの音高関係に特徴的な変化があった。すなわち中期作品では頻繁かつ継続的にチェロがヴァイオリンより高音、ないしはチェロがヴァイオリンの重音の中に挟まれている。さらにこの特殊な音高関係は主題や形式の構成要素としても機能していた。 同時代人の作品において、同一の手法はベートーヴェン以前より用例があったが、ベートーヴェンと類似の様式変化は見出せず、様式変化そのものはベートーヴェン個人の問題と判断できる。ただし用例は少ないながらもI. プライエルとA. エーベルルは類似の音高関係にベートーヴェンと同様の機能を与えていた。特にエーベルルは他ジャンルでもベートーヴェンとの類似が多いため、この結果は両者の様式的関連を解明するために大いに参考になろう。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
昨年度は、初年度末の目標通り管楽器のための室内楽分析を進行でき、そこからベートーヴェンの書法が同時代の作曲家、特にヴィーンにおいてベートーヴェンと活動範囲を近くする作曲家の書法と類似することがわかった。この点で、当初の予想通りの結果が得られたと言える。 またピアノを含む室内楽ジャンルについて、ベートーヴェンのピアノ三重奏曲に弦楽器書法の変化があることを突き止められた点は大きな収穫だった。というのも、これは他の室内楽および管弦楽ジャンルの書法を考察する手掛かりになるからである。この点で同時代人との類似性があまり見当たらなかったことは予想と外れたものの、類似の書法を示す数少ない作曲家の中にアントン・エーベルルがいたのは、昨年度の研究成果から予想したエーベルルとベートーヴェンの様式上の親近性をさらに補強する結果になった。 ただし、分析の一部は予定より遅れている。その第一の理由は、ベートーヴェンと同時代の作曲家に関する調査から、当初予定していなかった作曲家、作品を対象に含める重要性が浮上したことである。そのため、作品分析のみならず、対象作曲家その人の調査および作品の成立背景についての調査も加わることになり、当初の計画より進展が遅れている。 また、収集した楽譜を分析するにはパート譜をスコアに起こす必要があるが、スコア作成はかなりの時間を要する。対象作曲家の増加に伴い、スコア作成のために必要な時間も増加した。以上の点も研究遅延の原因になっている。 また第一年目の報告時に計画していた、当時のピアノ機構の調査は難行している。同時代の作曲家それぞれが用いたピアノは、文書資料の不足から特定が難しい。したがって、今後の研究遂行にあたり分析観点を見直すことも必要と考えている。
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Strategy for Future Research Activity |
調査の結果、ボン宮廷楽団員の重要性が確認されたため、当初予定になかった楽団員の作品も研究対象に含める必要性が生じた。したがって今後は可能な限り早く、特にモデナに現存する宮廷楽団員の作品の手稿譜調査を行う。また研究対象の拡大のため、分析対象の室内楽ジャンルを当初の予定より狭めることも不可避と考えられるが、この点については実際の作品を見ながら決定する。 また第二年度に計画していたピアノと独奏楽器の二重奏のうち、ヴァイオリン・ソナタとチェロ・ソナタの分析は、継続的な作曲を行った同時代人が当初の対象作曲家の中にはあまり多くなかった。ベートーヴェンの書法を研究するにあたっては編成が異なる作品を参照することも有効であるため(上記研究概要参照)、弦楽器奏法に関してはベートーヴェンと関係の深い弦楽器奏者(ロンベルク従兄弟、J. レイハ、R. クロイツァーなど)のピアノを含まない作品も参考にしつつ、分析・考察を進める。 また第二年度、欧州諸機関所蔵のベートーヴェンのピアノ三重奏曲の自筆譜を調査した結果、自筆総譜の修正跡から、いくつかの箇所で、上述した弦楽器の音高関係に関してさらに検討すべき事項が浮上した。第二年度は図書館側のやむを得ぬ事情から自筆譜調査を十分に行えなかったため、第三年度はこの点を早々に完遂し、論文にまとめる。 その他、これまで未着手だったピアノ四重奏曲など、ベートーヴェンの創作の中では作品数が少ないジャンルも順次、同時代人との比較分析を進める。その際、当時の室内楽レパートリーの一端を担っていた編曲も書法を考察する材料に含める。最終的には三年間の研究内容を統括し、結果が整理されたものから学会発表・論文の形で公表を目指す。 また本年はベートーヴェンの生誕250周年であり、ベートーヴェンに対する一般の関心も高い。したがってアウトリーチ活動も積極的に行い、研究成果の社会への還元を目指す。
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