2018 Fiscal Year Annual Research Report
ショパンの「ポーランド」:東スラヴの芸術文化と西欧伝統の交差点として
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18J00570
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Research Institution | Hitotsubashi University |
Principal Investigator |
松尾 梨沙 一橋大学, 大学院言語社会研究科, 特別研究員(PD)
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Project Period (FY) |
2018-04-25 – 2021-03-31
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Keywords | ショパン / ピリオド楽器 / コンクール / ポーランド文学 / ドゥムカ / ウクライナ |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度の目標は初開催の「ショパン国際ピリオド楽器コンクール」を視察し、今後ショパン研究や演奏にどう取り組んでいくべきかを考察することと、ポーランド以東文化の情報からショパンの周辺を探ることであった。研究遂行で大きな割合を占めたのは8~10月のポーランド出張であった。 コンクールでは楽器提供者2名と審査員の演奏家2名から話を伺ったが、結果的に古楽とモダンの専門家間での大きな見解の相違が判明し、審査でもそれが露呈した状況が見られた。またコンクール応募者・視察者数は予想より大幅に少なかったが、ポーランド独立100周年記念事業の一環として開催され成功裡に終わった。今後ショパン研究所による5年毎の開催を経るにつれ、上記を含む様々な問題点は段階的に改善されていくと予想されるため、我が国ではピリオド楽器の使用環境をどのように整えるか等について3月の一橋大学国内交流セミナーで議論した。モダン側から取り組んできた申請者は「本コンクールの創設は通常のショパンコンクールを目指す演奏家らにとっても、ショパン作品に対する視野を広げ探究心を持つことができる」と発表し、2020年のショパンコンクールも踏まえた本考察に多くの聴衆の賛同を得ることができた。 9月にショパン研究所が主催した国際学会では、ショパン作品に見られるウクライナ文化の要素について発表を行った。司会やフロアからのコメントは、イギリスのショパン研究者らより頂いたが、ドゥムカの淵源と意味を追究する本研究の最も重要な点への意見がなく、学会では東スラヴ文化を知る研究者も居なかった。しかし出張中に、申請者の知人であるワルシャワ大学の文学者からウクライナの資料や博物館の情報を得られ、これまで着目されなかった地域からショパンに影響を与えた文人について新たな状況が見えてきた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
ショパン研究所が「ショパン国際ピリオド楽器コンクール」を初めて催した2018年度は、この取り組みによる「原点探求」という研究所の主旨を知り、情報を共有すること、続いて受入研究者のピリオド楽器調査とも関連させたシンポジウムを開催し、日本で新しい視点のショパン研究、解釈を周知させることを目標としていたが、これに関しては当初の計画以上の成果を上げることができた。実際に視察することによって、このコンクールが単にショパン受容における「原点探求」というレベルにとどまらず、我が国の音楽(ピアノ)教育環境に置き換えるならば、現代の演奏解釈にも新たな視点を持たせる重要な契機となることが期待され、このような申請者の考えがシンポジウムで広く共有されたことは、今後申請者個人の取り組みのみならず、我が国の音楽教育機関等の取り組みにも影響が広がる可能性を示すものとなった。 またショパン研究所が行う国際学会に出席し、そこで東欧系の研究者と意見を交わすことや、それを参考に学会以降も現地に残り、ポーランド詩人たちゆかりの土地の図書館、音楽資料館で調査を行うことに関しては、学会に東欧系の研究者が居なかったことから期待以上には進展していない。ただし学会以降も現地に留まった結果、同僚のポーランド文学者から、西ウクライナ出身の文人たちに関する情報を得ることができた。その情報をもとに、2018年度の出張では図書館での文献収集を実施したが、次回は博物館等にも足を運びたい。 以上を総合すると、2018年度の研究計画は「おおむね順調」に進行していると判断される。
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Strategy for Future Research Activity |
2018年度のショパン国際ピリオド楽器コンクール初開催は、単に「ピリオド楽器の普及」というだけでなく、モダンピアノにおけるショパンその他の作曲家作品の演奏に対しても、別の角度からの解釈や学術的探究という意味で多大な影響を及ぼすと考察できた。さらに本研究課題の最終年度となる2020年には、通常のショパンコンクールが18回目の開催となる。よってピリオド楽器の演奏環境整備だけでなく、モダンのピアニストたちを今後どのように導いていくかということは大きな課題となる。 2019年度以降は、まずはこれまで通り、単なる一次資料研究にとどまらない多角的視点を持たせた発表を積極的に行う。そのため2019年度はピアニストと連携し、申請者の研究発表のみならずそこにピアニストの実演を合わせたレクチャーコンサートを行う。これにより音楽学、ショパン学が決して理論世界にとどまるものではなく、実演への発展的影響を与えることを示し、「ショパン演奏家」を目指して取り組む若手らの育成に貢献する。 またそうした多角的・学際的視点を持つ研究や演奏の必要性から、ショパンという作曲家個人の追究以上に、その前後や東西の歴史を含めた鳥瞰的検証が必要と考えられる。よって今後は①ポーランド以東での「ショパン以後」を辿ることで、我々にとっての「いま」の音楽が、決して「ショパン」と切り離された前衛芸術ではなく、ショパンを「原点」とし得たことを明らかにすること。②ポーランド以西のショパンを取り巻いた芸術文化(造形芸術、文学、楽器等)が、特に後半期~晩年のショパン作品の構造的な厚みと複雑さを形成させた可能性を追究すること。この二点を課題とし、今後はそれぞれ①ポーランドと②フランスを主な拠点としつつ調査に取り組んでいく予定である。
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