2019 Fiscal Year Annual Research Report
ショパンの「ポーランド」:東スラヴの芸術文化と西欧伝統の交差点として
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18J00570
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Research Institution | Hitotsubashi University |
Principal Investigator |
松尾 梨沙 一橋大学, 大学院言語社会研究科, 特別研究員(PD)
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Project Period (FY) |
2018-04-25 – 2021-03-31
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Keywords | ショパン / フランス語 / ポーランド語 / 文体論 / ルトスワフスキ / 歌曲 |
Outline of Annual Research Achievements |
2019年度は特に8月と9月に、パリとワルシャワで集中的な調査を行った。8月のパリでの調査目的は、ショパンと西欧、特にフランス語・芸術文化との関係について新たな知見を得ることであった。そのため国立図書館やポーランド書店等で資料収集を行ったが、特に興味深かったのは彼の書いたフランス語の書簡であった。現在も引き続き精読中だが、原語で読むことにより、ショパン独特の文体、フランス語学力、そこから窺える主義・主張、成人後の暮らしぶりなどは、彼の楽曲を考察する上で重要な示唆となった。ある程度精読を終えた時点で、これらの情報を口頭発表ないし記事などの形でまとめ、次年度以降に発表したい。 9月はワルシャワで調査を行った。2020年開催予定の学会で採用された申請者の題目を踏まえ、特にショパンからの影響が考えられる20世紀のポーランド人作曲家作品の調査を行った。本研究課題の重要な一部である「ショパンとポーランド以東文化の関係」という観点からすると、ショパンの時代から20世紀まで、実は旧ポーランド東部国境地帯(Kresy)を中心に数々の作曲家や文人が誕生しており、今日まで彼らは「ポーランド人芸術家」というラベルを貼られてきたが、内実ウクライナ、リトアニア、ベラルーシなどの文化が身近にあり、それぞれが複雑な境遇で育ってきていることがわかった。ショパンもこの脈絡で捉え直すことにより、これまで看過されてきた重要な要素が見つかるだけでなく、その要素が20世紀まで伝統的に受け継がれていることを明らかにできる。よって今年度はK・イワコヴィチュヴナの詩とW・ルトスワフスキの歌曲について、上記観点から調査と分析を行った。成果の発表は2020年度中に国内学会1件と国際学会1件で行うことが決まっていたが、コロナウィルス感染防止策で学会開催が1年後に延期となったため、2021年に成果を発表する。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2019年は「日本・ポーランド国交樹立 100 周年」であったため、当初の年次計画では100周年関連の研究発表を行うことを目標としており、結果として神戸大学ポーランドウィークで発表を行った。申請者はもともとクリスチャンの多い神戸という街を前提とし、ショパンがキリスト教信仰と深く関わる詩に歌曲を書いた例を取り上げて口頭発表を行った。その際扱った詩人クラシンスキは、生まれたのはパリであり、ショパンとともにフランスにゆかりがあったこと、しかしその後一家でポーランドへ移り、一家の所有地であるオピノグラで育ったことから、ポーランド東部のローカルな文化も身近にあったことなど、ポーランドを中心とした西欧と東欧の比較文化的視点から、ショパンと同等に複雑な素地を見出し検証することができた。質疑応答では大学生、高校生など特に若い世代から、作曲家や楽曲の研究と演奏の関係について複数の質問があり、音楽学の最も根本的な有り様について振り返ることができた。 また、ウクライナ出身のポーランド詩人ヴィトフィツキとショパンの関係についての論考も、2019年に発表することができた。ただしこれは博士論文の延長線上で問題提起をする程度にとどまっており、2019年9月にワルシャワで行った調査による新着成果の発表には至っていない。2019年のワルシャワでの調査は「研究実績の概要」に記したように、旧東部国境地帯の文化が関連するという点で、しかもショパンの作曲法と関連しうる新たな作曲家という点で、ルトスワフスキに着目し、ある程度の資料を集め分析を進められたが、論文や口頭発表として形になるのは次年度以降と考えられる。よって自己点検としては「おおむね順調に進展している」と評価する。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究課題には2つの重要な側面がある。1つはショパンと東欧文化の関係である。ショパンは複数のウクライナ派詩人やリトアニア出身の詩人らと生涯にわたって親交があり、彼らの民族特有の文化や慣習に触発された作品を生み出している。加えてこうした旧東部国境地帯(Kresy)を中心とする芸術家たちの交流は、ショパン以後も20世紀までなお脈々と続くことが、本研究課題遂行中に徐々に判明してきた。特にショパンと時代が近く影響が大きい作曲家J. ザレンプスキや、初期にショパンの影響が強かったK. シマノフスキも現ウクライナ領出身であり、さらに20世紀を代表する作曲家W. ルトスワフスキも、リトアニアゆかりの詩人の詩に曲を付けている。よって今後はこの実態を精査し、ロマン主義時代から20世紀に至るKresyを中心としたポーランド比較芸術史を新たに編み直すことで、これまで限定的だった「ショパン」「ポーランド」を中心に視野を広げ、国家や国境に限定されない豊かな芸術の交わりを明らかにしていく。 本研究課題で重要な2つ目の点は、ショパンと西欧文化の関係である。過去2年の調査では、ピリオド楽器、サロン文化、フランス人作家、画家など様々に着眼を広げてみたが、その中で現在最も注目すべきと考えられたのが、ショパンのフランス語文体であった。これまで申請者が取り組んできた「ショパンとポーランド文学の関係」と比較すると、いくら調査しても彼とフランス文学との関係は強烈に浮上してこない。この点に限っては、フランス文人サンドとの同棲にも意味を見いだしにくく、ユゴーやゴーティエともあまり結びつかなかったが、その理由を知る手がかりは、彼のフランス語で書かれた手紙(特に文体)にあると考えられるようになった。よって今後はまずショパンのフランス語の手紙を精読し、彼が西欧文化の中で最も大事にしたものは何だったかを把握することを目標とする。
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Research Products
(5 results)