2018 Fiscal Year Annual Research Report
アウグスティヌスにおける性・結婚・身体の研究―人間学的視点から
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18J11836
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
渡邉 蘭子 京都大学, 文学研究科, 特別研究員(DC2)
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Project Period (FY) |
2018-04-25 – 2020-03-31
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Keywords | 身体 / 意志 / 救済 / 結婚 / 性 |
Outline of Annual Research Achievements |
第一に、アウグスティヌスが来世における身体の救いのみを強調し、現世における身体の状態の改善を明確に述べていないとする先行研究の主張に対し、本研究では実際にはアウグスティヌスが、現世においても身体の状態が善化されていくと説いている点を示した。身体に悪があるとするのではなく、魂の内部における意志の対立を核心としてとらえ、その魂における問題の解消が身体の救いに影響を及ぼすと考えることによって、現世における身体の改善が説かれた。西洋思想においては、現世の身体は悪なるものとみなされがちであったが、今回の分析によって西洋思想の新しい側面を見出すことができたといえよう。この成果は日本基督教学会編『日本の神学』において2018年9月に論文化した。 第二に、先行研究ではアウグスティヌスが結婚生活を相対化し、独身生活こそ聖なる生き方であると主張した点が批判されてきたが、アウグスティヌスが最も重要な基準として挙げていたのは、従順さ、謙虚さといった心・意志のあり方であった。独身生活を営んでいるとしても高慢であれば、従順で謙虚な既婚者よりも劣ると考えられた。つまりアウグスティヌスが重要視しているのは、結婚か独身かといった形式的なあり方なのではなく、心のあり方、すなわち意志のあり方であることがわかった。この成果は2018年6月に教父研究会で発表を行った。そして、正しい意志で愛し合うことにより現世における人間同士の関係性が肯定されるという愛の秩序の思想から、結婚生活や家庭生活が相対化されることなく、独身生活と同じように聖なる生き方となりうることも示した。この成果は2019年3月に日本基督教学会近畿支部会において発表した。結婚よりも独身の徳を優位とするキリスト教の禁欲主義は、西洋思想の身体性軽視が最も明瞭に表れているとされてきたが、本分析はそうした西洋思想の再考を促すことにつながるであろう。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
現在まで、アウグスティヌスが身体性や性を軽視し、悪とみなしているわけではないという点を示す上で重要な根拠となるテキストを見出すことができているという点で、本研究はおおむね順調に進展しているといえる。情欲や意志といった比較的抽象度の高い議論を扱うテキストだけでなく、結婚生活や家庭生活といった具体的・実際的な問題を扱っているテキストも用いることができており、そうした両方の側面からアウグスティヌスの分析を行うことが可能となっている。 さらに、これまでのアウグスティヌス研究で特に難点であった情欲の悪という問題についても、それを現世と来世という軸を用いて、現世の救い・善化という観点で議論することにより、現世における情欲の改善の可能性を指摘できると思われる。その際に用いるテキストも現在入手しており、分析をはじめている。 さらに、これから本格的に着手する予定の説教および書簡についても分析の見通しをつけつつある。それらは膨大ではあるものの、ほぼもれなく英訳されているため概観することが可能であり、現在すでに入手し、分析を進めている。 また、アメリカでの学会参加および日本国内での学会参加によって情報収集を円滑に行うことができており、また他の参加者からの意見をもとに研究を修正・改善することができている。
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Strategy for Future Research Activity |
今後はアウグスティヌスの身体性研究において難点であるとされる、情欲の問題を分析する。具体的には、アウグスティヌスが情欲をなぜ悪と考えているのかについて考察し、そこから現世における情欲の改善について恩恵論との関連から明らかにする予定である。 その際に用いるテキストとしては、情欲と意志についての意見を述べた著作である、『結婚と情欲』、『ユリアヌス批判』、『ペラギウス派二書簡駁論』、『ユリアヌス駁論未完の書』等である。さらに、説教集、書簡の分析を本格的に進め、これまで明確になってきている点を補足・補強するための考察も行う。 研究発表としては、情欲の問題について、またそれを含む博士論文の構想全体を7月に京都大学基督教学会で研究発表する。それを踏まえて修正したものを8月にイギリスで行われるOxford Patristics Conferenceにおいて研究発表する。また情欲の改善について、特に救済の問題と関連させて論じたものを9月の古代・東方キリスト教研究会で発表する。
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Research Products
(3 results)