2018 Fiscal Year Annual Research Report
ショーペンハウアー哲学における中世キリスト教思想の受容と展開
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18J12664
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Research Institution | Sophia University |
Principal Investigator |
堤田 泰成 上智大学, 文学研究科, 特別研究員(DC2)
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Project Period (FY) |
2018-04-25 – 2020-03-31
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Keywords | ショーペンハウアー / ベーメ / 中世キリスト教思想 / 神秘主義 / 宗教 / 芸術 / 意志 / 救済 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の課題は、ショーペンハウアーの哲学、特にその救済思想(「意志の否定」論)を中世キリスト教思想の受容と展開という点から明らかにし、従来的な仏教思想寄りの解釈とは異なる新たなショーペンハウアー像を打ち立てることにある。その課題の達成のために本研究は、(1)意志と無底、(2)普遍と特殊、(3)自由意志と恩恵、という問題圏に焦点を当て、キリスト教思想の隠れた地下水脈としてショーペンハウアー哲学を捉える試みを行う。 1年目である本年度は、まず上記の(1)を中心に研究を行った。ショーペンハウアーの意志形而上学のうちにドイツの神秘思想家ヤーコプ・ベーメのキリスト教神智学からの多大な影響が認められることを、初期の草稿や主著『意志と表象としての世界』初版のみに見出される「意志の魔術」という思想に基づきながら考察し、ショーペンハウアーがベーメの「世界創造論」から大きな示唆を得ながら自らの哲学的基盤を構築していた可能性があることを明らかにした。 またショーペンハウアーの救済思想(「意志の否定」論)との関連では、「意志の否定」の体現者であるキリスト教の聖人たちを描いた「聖人画」が、彼の美学において芸術と宗教を架橋する極めて特異な位置を占めており、普通の芸術よりもさらに一歩進んだ宗教による苦悩からの救済の念を起こさせるものであること、さらに日本におけるショーペンハウアー哲学の受容史という観点から、日本哲学の黎明期にあたる明治・大正期にキリスト教系の一部の人々が、ショーペンハウアーの「意志の否定」を仏教的な「涅槃(ニルヴァーナ)」でなく、キリスト教神秘主義的な「忘我(エクスターゼ)」の文脈で理解していたことなどを明らかにした。 なおこれらの研究の遂行にあたって、2018年9月に約3週間ドイツのフランクフルトへ渡航し、現地で資料の収集・調査を行った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当初の年次計画は、上記の(1)についての研究を中心に遂行し、それと並行しながら(2)(3)に関しても考察を進めていくというものであった。ショーペンハウアーの意志形而上学のうちにベーメのキリスト教神智学からの具体的な影響を見出せたことは、(1)の考察において極めて意義のある進展であったと言える。またその研究の過程で、ベーメの『鍵』(Clavis)という未邦訳文献の綿密な読解作業を行い最終的にそれを抄訳のかたちで発表できたこと、さらにショーペンハウアーの「意志の魔術」思想のうちに(2)の個体に関する問題への手掛かりを発見できたことは、今後の研究遂行にとっても貴重な成果であると評価できる。またショーペンハウアーの救済思想に「聖人画」という芸術と宗教との媒介物や、キリスト教神秘主義の「忘我」との接点を見出せたことは、今後(3)の問題を掘り下げて考察していくにあたって大きな基盤になり得ると予想される。以上より、本年度は当初の年次計画通りの研究成果を得られたと評価して差し支えないと思われる。
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Strategy for Future Research Activity |
次年度は当初の年次計画に従い、(2)(3)を中心に研究を進めていく。具体的には、(2)に関してショーペンハウアーの「個体化の原理」に着目し、「一者」としての意志(普遍)とその現象である個体(特殊)との問題を検討すること、また(3)に関して本年度の研究によって獲得されたキリスト教の神秘主義や聖人論とショーペンハウアーの「意志の否定」論との関連性をさらに掘り下げて考察し、その救済思想を新たに捉え直すことが目標となる。そのためにも、次年度以降も継続して資料の収集と読解作業に努めると同時に、国内外の学会において積極的に発表の機会を設けることで、研究のより一層の拡充を図っていく予定である。
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