2018 Fiscal Year Annual Research Report
Narrative and Devotion in Early Netherlandish Paintings : Focusing on Hans Memling
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18J20474
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
山形 美有紀 京都大学, 文学研究科, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2018-04-25 – 2021-03-31
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Keywords | ハンス・メムリンク / ロヒール・ファン・デル・ウェイデン / シュテファン・ロホナー / ネーデルラント / フランドル / 物語表現 / 聖遺物 |
Outline of Annual Research Achievements |
2018年度は、メムリンク《受難伝》(1470年、トリノ、サバウダ美術館)、《キリストの降臨と勝利》(1480年、ミュンヘン、アルテ・ピナコテーク;別名《聖母の七つの喜び》)の研究を並行して進めた。前者に関しては、注文主ポルティナーリのパトロネージを考察した。後者に関しては、画面中央の〈三王礼拝〉図像の視覚源泉となったロヒール・ファン・デル・ウェイデン《コルンバ祭壇画》(1450-56年頃、アルテ・ピナコテーク)、シュテファン・ロホナー《三王礼拝祭壇画》(1440年代、ケルン大聖堂)からのモチーフ・構図の借用関係を分析した。同主題のメムリンク《三王礼拝祭壇画》(1470-72年、マドリード、プラド美術館)、《ヤン・フロレインスの祭壇画》(1479年、ブルッへ、メムリンク美術館)も、考察対象に含めた。メムリンクは早くから三王の1人を黒人として描いたが、この造形には以下4つの意図が込められた。第一に、黒人の王はエキゾチックな衣装を付随的に描く口実となり、巡礼や東方世界への憧憬に訴えた。第二に、ヨーロッパ王・アジア王・アフリカ王の外見を区別することで、キリスト教の全人類への波及が視覚的に証明される。第三に、《キリストの降臨と勝利》には、三王が別々の大陸から来て合流する場面も含まれる。メムリンクは、従来の『マタイ福音書』『黄金伝説』といった典拠に加え、三王の異なる出自や人種を強調するヒルデスハイム『聖三王伝説』を参照したのだろう。以上3つは先行研究を踏まえた分析であるが、当該研究員は独自の見解として、第四に同時代画家フリードリヒ・ヘルリンの祭壇画からの影響を予見した。ヘルリンは、《コルンバ祭壇画》をはじめ多数のロヒール作品を学習し、〈三王礼拝〉に黒人の王を登場させた。遍歴修行中にヘルリンの祭壇画を実見したメムリンクは、ロヒールに基づく構図に黒人の王を取り入れようと着想したのである。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当該研究員は体調不良により、2018年8月に実施予定だったドイツ・ベルギーでの調査旅行を2019年3月に延期するとともに、年度末の美術史学会西支部例会での発表を見送ることとした。その代わり2019年5月の美術史学会全国大会にて、修士論文の題材に据えた《聖ウルスラの聖遺物箱》(1489年、ブルッへ、メムリンク美術館)についての口頭発表を予定している。また、当初は2018年度を《受難伝》、2019年度を《キリストの降臨と勝利》の調査研究に充当する計画だったが、今年度は両作品の研究を並行して進めた。《受難伝》の調査を目的とするイタリア渡航は断念したが、ミュンヘン中央美術史研究所やブリュッセルの王立文化財研究所にて、本作とその関連作品(メムリンク《最後の審判》、ヒューホ・ファン・デル・フース《ポルティナーリ祭壇画》)についての文献を閲覧した。《キリストの降臨と勝利》とその関連作品(ロヒール《コルンバ祭壇画》、ロホナー《三王礼拝祭壇画》、メムリンク《ヤン・フロレインスの祭壇画》)については、渡欧時に実見することができた。3月の調査旅行の大半は、学会発表に備え、最も研究が進捗している《聖ウルスラの聖遺物箱》の補足調査に費やした。本作の背景に描き込まれたケルンの実在の教会をすべて訪れ、それらの地理的な位置関係を把握した結果、メムリンクは聖ウルスラ一行が殉教した地点(現在の聖ウルスラ教会の所在地)を起点に、ケルンの都市景観を写生したのだという確証を得た。さらには、2020年度の課題である《受難の三連祭壇画》(1491年、リューベック、聖アネン博物館)の実見調査にも、先行して取り組んだ。リューベックには、絵画と彫刻を組み合わせた15・16世紀の壮麗な祭壇画が数多く現存する。それらを網羅的に見る過程で、祭壇画の特殊形状、絵画と彫刻のパラゴーネの問題など、今後の研究の着眼点に気付くことができた。
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Strategy for Future Research Activity |
2019年度は、ドイツ人のグレフェラーデにより注文され、リューベック大聖堂内の同家の礼拝堂に奉納された《グレフェラーデ祭壇画》を研究する。本作の中央パネルの磔刑図は、「多人数構成のカルヴァリの丘」と称される絵画類型に基づくため、注文主のドイツ趣味の投影とみなせるが、磔刑図以外の要素は看過されがちだった。第一に、可動翼を左右それぞれに二重に取り付けた本作の特殊形状は、ドイツに由来する。第二に、可動翼を最初に開くと現れる図像(諸聖人の立像)に関しても、ドイツ絵画に先例が存在する。こうした造形の成立過程を知るべく、同種形状の祭壇画や、諸聖人の立像を含む作例を概観したい。 メムリンク作品には絵画と彫刻のパラゴーネを意識した表現が多いが、三連祭壇画の両翼外側に頻出するグリザイユは、その好例である。本作の可動翼を全て閉じると、グリザイユの〈受胎告知〉が現れる。当該研究員はリューベックの聖アネン博物館および大聖堂を見学し、彩色木彫彫刻と板絵を組み合わせた壮麗な祭壇画が同地に多数現存することに気付いた。この環境下でメムリンクは、敢えて絵画のみで大型祭壇画を仕上げ、同地の芸術に対抗したのだろう。本仮説の立証に向け、まずは15世紀に同地で見られた祭壇画の造形要素を分類・整理する。 2020年度以降、《聖ヨハネ祭壇画》(1474-79年、メムリンク美術館)、その翻案である《セリエの二連板》(1482年以降、ルーヴル美術館)を軸に、ケルン派起源の〈聖女たちに囲まれた聖母子〉(Virgo inter Virgines)図像を考察する。大型の《聖ヨハネ祭壇画》で好評を博した上記図像は、家庭用の小型祭壇画や二連板に応用されたが、右パネルの〈聖ヨハネの幻視〉に同心円状に広がる「神の国」は、ケルン派絵画を視覚源泉とする。それに更なる創意を加え、幻視の全容を一画面に収めた本作の物語表現は、異時同図法に長けたメムリンクならではの発想である。
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