2020 Fiscal Year Research-status Report
19世紀後半のドイツ語文学における「地方」と「ガリツィア」の表象の比較
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19K23090
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Research Institution | Otani University |
Principal Investigator |
麻生 陽子 大谷大学, 文学部, 講師 (00844367)
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Project Period (FY) |
2019-08-30 – 2022-03-31
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Keywords | ガリツィア / オーストリア / ハプスブルク帝国 / 村物語 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、18世紀後半以降オーストリア=ハプスブルク帝国の東の辺境に位置し、多民族が混在したガリツィア地方の表象について考察するものである。 2020年度には、当時のガリツィアを舞台としたドイツ語テクストとして、チェコ語圏モラヴィア地方出身のドイツ語作家マリー・フォン・エーブナ=エッシェンバッハ(1830-1916)の『村と館の物語』(1873)におさめられた二作品(『ヤーコプ・シェーラ』『郡医官』)を分析の対象とした。ポーランドの独立運動をはじめ、身近な権力にたいして農民が起こした1846年のガリツィアの蜂起など、約半世紀前の史実を題材としたこれらのテクストから、帝都ウィーンにみるオーストリアの中央政府と地方との関係性を分析した。封建制度が残るガリツィア地方にはさらに、地元で権力をふるうポーランド系の領主貴族と搾取される農民という典型的な対立構図があるだけでない。ポーランドの独立運動が展開されるなかで、民族的なアイデンティティが覚醒していない農民および民族的な帰属のないユダヤ人は、オーストリアの中央権力とそれと対立する地元の領主貴族とのはざまで、自らの立ち位置を選び取ることを迫られる。本作でかれらのアイデンティティを形作るものとして描かれるのが、皇帝という遠い存在にたいする忠誠心にほかならない。しかし皇帝という権威を共通の支柱とする個々の民族を分断するのが、19世紀後半に本格的に高揚するナショナリズムであり、反ユダヤ主義である。 2020年度の研究を通じて、同時代の傾向に危機感を抱いていた作家エーブナー=エッシェンバッハが、チェコ系が多く住む故郷のモラヴィア地方にもよく似たガリツィア地方を舞台としたうえで、多民族国家ハプスブルク帝国において人々を束ねる権威であった皇帝という象徴的存在と、それに取って代わる偏狭なナショナリズムの到来を描出したことが明らかになった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
2020年度の本研究業績については、他の研究者とともに作成している論文集として、同年度末の刊行が当初予定されていたが、 感染症の流行等により遅れが出た。そのため、研究成果としての論文集の刊行は、2021年度に延期となった。 また、ガリツィアの表象を相対化する視点として、他の地方を描いた文学テクストの分析をする予定だった。しかし2020年度冬まで論文集の原稿執筆を優先していたため、その部分については十分な分析が進んでいないのが現状である。
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Strategy for Future Research Activity |
2020年度の論文集の脱稿時以降にあらたに得た知見を盛り込みながら、論文の改稿作業をすすめる。 これと並行して、19世紀後半のガリツィアおよび他の地方を舞台とした文学テクスト分析を行う。あわせて、レンベルクをはじめとするガリツィアの都市や村の様子などにかんする資料を精読し、当時の社会的状況を把握する。なかでも、この時代のどの地域にも共通して見られたであろうアメリカ移住という社会現象に注目し、その歴史的、社会的背景を考察する。
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Causes of Carryover |
2019年度末および2020年度末に予定していた海外調査が二度とも新型コロナウィルス感染症の流行のために中止されたことにより、次年度使用額が生じている。 次年度使用額については、おもに2021年度におけるガリツィア関連の文献史料の購入に当てる。また、感染症の流行が収束し次第、2021年度の春に海外での現地調査を行うため、そのための費用として使用する。
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