死後に行くべき理想世界(浄土)の観念が共有されていた中世に対し、そのリアリティが失われた近世では、死者はいつまでもこの世に留まるようになった。そのため近世では、死者と生者の個別の契約にもとづき、供養の継続を条件にこの世の内で両者の世界の厳密な分節化が成し遂げられた。しかし、死体遺棄・供養の放棄など、生者側の一方的な契約不履行は跡を絶たなかった。そのため、恨みを含んで無秩序に現世に越境する死者も膨大な数に上った。個々の死者が明確な復讐の対象をもっていた点において、また解決に超越的存在(仏)を介在させない点において、近世の幽霊は救いから疎外されて苦しむ中世の死霊とは異質だった。
|